東海道
[2026年4月第4週末の予定 … リハビリウォークで東海道]で書いたとおり土曜日は東海道を歩いた。
ただ、当初の予定と違って、相変わらず起きるのが遅くて出発が遅れたせいもあって、宮~藤川ではなく、宮~岡崎までとした。
まあ、40キロの予定が30キロとしたわけだが、まあ、30キロも40キロも同じようなもんだろうw。つまり30キロを痛み無く歩くことができれば40キロも行けるということで。
ただ、相変わらず足の裏が攣ったような感覚が時々現れるわけで・・・。これは一体何なんだろうか。ミネラル不足か?
それでもまあ次の日にはまったくダメージが残っている気配もなかった。これはもう大丈夫だと思う。来週は40キロ歩いて良い。
今週末の予定や久しぶりに行った回転寿司屋でも書いた通り、11月の最終週末に東海道を歩いてきた。
まず、朝起きたのが遅かったので、目的地が岡崎なので出発地点は鳴海だろうというふうに計算して出発地を決定した。
名鉄鳴海駅まで行く途中、JRの駅で朝食のそばを。これはすきやきそばというやつだ。
その後、名鉄への乗換駅でおにぎりなども買って食いつつ、鳴海駅まで行き、鳴海宿を出発地点として江戸方面(東)へ歩き出始めた。
20分程で有松一里塚に着く。ここから有松の美しい町並みが始まる。
有松の町並みを抜けると少しだけ1号線に合流して、中京競馬場や桶狭間古戦場の近くを通りつつ、再び1号線から離脱して、しばらく旧道を進む。
前後駅を超えて、再び1号線に合流する直前にあるのが、阿野一里塚。ここは左右両側とも現存している貴重な一里塚である。
豊明駅を越えたらまた1号線から離脱して、境川をかかる境橋にたどり着いた。ここを超えると三河国に入る。
参河国に入ってしばらくしたら飲食店がいろいろある。このあたりに11時にたどり着いたのも計画どおりだ。
いくつかある店の中から選んだのは、ラーメン横綱だ。もうこの店に来るのは8年ぶりぐらいになるかな。
ネギをがっつり食って、店を出てきた。
旧道に復帰する。
逢妻川を渡っているところ。奥に見える旧道が東海道である。
池鯉鮒にやってきた。
トイレ休憩で知立古城址の公園のトイレを借りた。
いつもはトイレを借りてすぐ出発するのだが、今回はちょっと公園内を散策してみた。すると、かなり大きな木があるではないか。かなり印象的な大きさだった。
中町のすぐ手前。中町は西尾街道との分岐点である。
寄り道して、約1年ぶりに慈眼寺に行くことにした。ここの紅葉はすばらしいので。
慈眼寺を後にして東海道を歩くとすぐ、知立の松並木が現れる。
だいぶ飛んで・・・・安城市のはずれ。前方に見える1号線に合流したら岡崎市内に入る。
そして矢作川の手前。秀吉と蜂須賀小六の出会いの像がある。
さあ岡崎だ。
中岡崎駅の前のバス停から目的地へのバスが出ているので、ここで街道ウォークは終了した。ここからは10分ほど後のバスを待つ。
そしてバスで回転寿司屋へw。
順番は前後するが、これも、火曜日のエントリーに書いた3連休中の昼飲みw。
この店は、東海道桑名宿に本店がある「歌行燈」という明治年間創業のお店の系列店である。
この日は尾張地方の某所、上街道沿いの駐車場でイベントがあったので、その帰りにこの系列店にやってきた。駐車場の現場からは歩いて20分ほど。
13時を過ぎた頃だったのでまだ待ち時間があったが、しばらくすると席に案内されたので、まずは街道歩きのスポドリとアテを注文し、それを飲んでいる間にランチメニューから一番良さそうなのを時間をかけて選ぶ。メニューは豊富でかなり迷うので、先にビールとアテを注文するわけである。
午前中は所用で知多半島に行ってきた。
その後、昼と夕方の間に赤坂宿に移動。「雨乞いまつり」を観覧。
夕方の17時前に隣の駅に普通列車で移動し、駅ちかくのファミレスでビールと夕メシ。
食事後、再び赤坂に戻り、雨乞いまつりを観覧。昨年と同じく、夕方になるとカメラを持った人がまったくいなくて、地元の人たちだけ?に見えた。どういうことなんだろう。
まあ暗くなる前に豊橋に移動し、豊橋でビールを2本ほど買って、特急列車で戻ってきました。
これで、自分が観覧する夏の一連の祭礼は終わった。
来週からは、ちょっと週末の過ごし方のスタイルを変えます。
日曜日の夕方。旧東海道の御油宿で開催される御油夏まつりをちょろっと観覧した後、17時ちょっと過ぎに自分がわりと好きな店にやってきた。
この店はうどん/そば/寿司をメインにした和食の店で、サガミのような店だ。おつまみ等も選べる点もサガミに似ている。
駅ビルの中にあって、通し営業をしているのもポイントが高い。時間をずらして夕食を取るために16時台に入ったことが何度かあったっけかw.
さて。日曜日も店に入り一番最初に「街道歩きのスポーツドリンク」を注文する。と同時に、どて煮と刺身5種盛りも頼んだった。
ちなみに、この店ではお漬物セットがサービスで出てくる。
どて煮が無くなったので、追加で注文した。同じものを2回頼むことはほとんどしないのだが、なぜかこのときはどて煮以外の選択肢は眼中になかった。
さらに自分としては珍しく、日本酒を注文した。
そして最後。自分はこの店のざるそばがかなり好きなのでもちろん注文したのだが、いざ食べてみると、どうも変わった気がした。仕様変更したのか、それとも自分が飲みすぎて舌が馬鹿になったのか・・・。
いずれにしろ美味い夕食だった。ごちそうさまでした。
土曜日。本来であれば早朝に起きて始発で三河地方に向かう予定が、前日は夜ふかししたので朝は早く起きず。昼前に外出して、昼の名古屋市内でのイベントに行くところから始まった。
その後、名鉄2dayを購入して、西尾に移動。西尾市内の遊廓跡地を散策する。自分は歓楽街的な路地をかなり多く知っているのだが、ああいう場所があるとは知らなかった。
そしてその場所から歩いて10分程のところにある回転寿司屋に14時半ごろ着くも、順番待ち。十数分で自分の番が回ってきたので、遅い昼飲みというか、早い夕飲みというかw。もちろん、定番、めひかりの唐揚げは注文したったw.
その後、安城七夕まつりのライブで夕方に自分が注目するグループが出演するので、現場でライブを観覧した。
そして日曜日。
立ち食いそばを食って、金山でおにぎりを食って、にしがま線で蒲郡競艇に向かった。先日のリベンジのためだ。しかしいざそのお店に行ったら・・・・ガマゴリうどんは販売休止になっているではないか・・・。またしても・・・。
まあここでがっくりして帰るのもアレなんで、丼モノを食べて、1レースだけ賭けてみることにした。確か、三国競艇の第3Rだったかな。500円賭けたけど全部外れたw。
その後、形原に電車で移動。形原のかつての赤線跡地を散策したのだが、もろ、以前歩いた形原街道の一部だった。
散策後、御油方面に向かうために電車に乗るのだが、名鉄で新安城に戻って名古屋本線で御油に向かうより、名鉄で蒲郡まで行って蒲郡から豊橋までJRに課金し、豊橋から名鉄で御油に向かったほうが早い。なので、形原→蒲郡→豊橋と向かい、豊橋でちょろっと駅前を散策した。
この時点で、この日に行こうと思っていた西濃地方某所のイベントのことを忘れてしまっていた・・・。間に合わないので諦めた。
で、豊橋から御油に行き、今週の目的である御油夏まつりの会場に向かう。
山車を観覧後、再び豊橋駅に向かい、17時頃にとあるお店に入る。単品モノがそこそこあって、お酒が飲める上に、ここの蕎麦が好きなんでね。
ところがその蕎麦は、以前とは違うもののような気がした。仕様変更したのか? それとも飲みすぎて味の感覚が狂ったか?w。
その後、ふたたび御油に向かうと、19時頃に御油に着くよう時間調整して、御油についた頃には花火が上がり始めていた。手持ちだが一眼レフで撮影する。
で、この日のもうひとつの目的。五味八珍で豊橋餃子wwwwもちろんビールも、であるww.かなり混んでいたのが個人的に残念だったが、まあ時間帯が時間帯だけにこれは仕方がない。
餃子を食った後、少し花火を見て、東海道を御油宿から国府の方向に歩く。名鉄の特急は国府から乗るのがええからね。
ひさしぶりのフル工程ですた。
最後にフル工程を歩いたのは2024年の2月下旬、美濃路を宮~墨俣まで歩いたときで。
東海道は豊川のあたりはけっこう歩いているけど、ちょっと目印になる建物がなくなってたり、変化があった。
それと、吉田よりも東は道を覚えていないのだが・・・。いざ岡崎から出発する時点で、ハンディGPSに地図をいれて居ないことに気づいて・・・。
宮~吉田までは地図なしでも行けるんだけどなぁ・・・。
で、途中で図書館に寄って、例の本のコピーを取って、いざ吉田より東はそのコピーを見ながら歩いた。w
そして、ゴール1キロ前の地点で、、、蕎麦屋に飲みに入ったw。
ゴール前に飲みに入ったことなど始めてでw。
ガッツリ天ぷら蕎麦まで食って、帰ってきました。
家に帰って風呂場で鏡を見てギョっとした。日焼けが思ったよりもひどい。朝に家を出た時点で日焼け止めを忘れたことに気づいたのだが、まあまだ4月だから大丈夫だろうと高をくくってたのが悪かった。
良かった良かった。
桜えび漁が解禁になったら、久しぶりに薩埵峠を超えて由比に行って、桜えびを食ってこようかなぁ。
最後にさった峠を歩いたのは2020年の1月。コロナが流行する直前だった。




































































