下街道
土曜日は朝から予報通りの雨だったが、それでも外出するのも予定通りw。雨の日に外をメインに活動するなんて本当に久しぶりのことで。
まずはいつものようにD7500を持って出かける。行き先は某庭園だ。ここで雨の日の撮影というわけだ。
今回はテーマがあって、雨の日の庭園でピクチャーコントロールを「スタンダード」にして撮影するということである。
自分は普段「ニュートラル」を常用している。なぜなら古い宿場町などは落ち着いた雰囲気の写りが良いわけで、あまり原色系が目立ちすぎると不自然になるからである。かと言って「フラット」だとあまりにものっぺりしすぎるので「スタンダード」が街道旅での最適解だと思っている。
しかし今回は「雨の日の庭園」だ。新緑の緑と季節の花。ニュートラルよりも色が濃い目に出ても良い、というか出すのも面白い。
というわけでスタンダードで撮影したら、、、なんかいつもは見ることのない画が出来たw。これは個人的にはどうなのかなぁと思わないこともないが、まあニュートラルに慣れすぎているのだろう。
庭園を出た後はレトロ系の食堂でメシを食おうと思っていたのだが、朝メシが遅かったのであまり腹が減っていない。
それで午後に予定していた所用を12時までにやることにして、12時からは金山某所に行こうと思った。
が所用を済ませた後に金山某所に行く気が失せた。
せっかくJRの一日乗車券を買ったので金山某所で油を売るのはもったいない。というわけで、適当におにぎりを頬張った後、大垣の美濃路某所の施設に初めて行ってきた。
その後、一宮に移動して鮎鮨街道沿いの某有名神社に参拝する。この神社で人がいない状況を初めて見たw。雨の日おそるべし。
っと、神社に行く直前に某寿司食堂がすいているか確認したら、相変わらず混んでいた。これじゃーいけへんわ。
というわけで神社の後に駅前に移動して、某寿司チェーンに入った。ここは安いのでね。
その後は飲み鉄でいろいろとwww
翌、日曜日。早朝は激しく雨が降っていたが、そのうち止んだようで、いよいよ街道ウォークに着手である。
歩く道だが、久しぶりに「下街道」といたした。
どうせ途中までしか歩かないので、栄駅からわざわざ札の辻まで厳密に移動せずに、栄から北上して適当に下街道に合流して大曽根方面に歩き始める。
11時に大曽根に着く算段なのだが、まあまあ時間があったので、普段はいかない街道沿いの神社にいろいろと寄り道をしたら、町中に鎮座する立派な神社があったりして驚いた。ただただ歩くだけというのはいかにヤボだということか。
で、街道を歩いていると時々店先や掲示板に各地の神社の行事の予定が掲載されている中、「赤丸神事」なるものをいくつか見つけた。
気になって今日になって調べてみたら、子どもの虫封じと無病息災を願う神事で、尾張を中心にこの地域に伝わるものだとか。神社庁のWebサイトの解説ページには下記の説明がある。
旧尾張の国を中心に伝わる、小さいお子さんの虫封じ(夜泣き・疳の虫)と無病息災をお祈りする神事です。
虫が入るとされる幼子の額に神様の加護を頂いた朱の印を付ける事により、子供の健やかな成長をお祈りします。多くは、夏越の祓いと共に6月30日~7月30日頃に斎行されます。
へぇ~面白いなぁ。
そういえばこないだの尾張西枇杷島まつりに行ったとき、橋詰神社で虫封じをやっていたなぁ。
ついでに、上記文中に出てくる「夏越の祓い」は茅の輪くぐりとよく呼ばれるもので、街道を歩いているときに見かけた行事案内では「茅輪神事」と書かれていた。上記と同じ神社庁Webページから引用する。
大祓は、我々日本人の伝統的な考え方に基づくもので、常に清らかな気持ちで日々の生活にいそしむよう、自らの心身の穢れ、そのほか、災厄の原因となる諸々の罪・過ちを祓い清めることを目的としています。 大祓は年に二度おこなわれ、六月の大祓を夏越の祓と呼びます。大祓詞を唱え、人形ひとがた(人の形に切った白紙)などを用いて、身についた半年間の穢れを祓い、無病息災を祈るため、茅や藁を束ねた茅の輪ちのわを神前に立てて、これを三回くぐりながら「水無月の夏越の祓する人は千歳の命のぶというなり」と唱えます。また、十二月の大祓は年越の祓とも呼ばれ、新たな年を迎えるために心身を清める祓いです。
歩いているとそのうち大曽根に着いたので某ラーメン屋に5年ぶりに入ったのだが、あれー、こんなしょっぱかったっけ???
ラーメン屋を出て大曽根から続きを歩くわけだが、勝川まで着いたらJRに乗った。というのも、このまま街道を北進すると、そのうち内津峠を超えることになるわけだが、ちょっとクマが出たら嫌なのでw勝川からまさかの土岐市駅へJRワープをする。
・・・とその前に多治見駅で降りてドラッグストアでいろいろ買う。けっこう時間をロスした。
けっこうな遅い時間帯に土岐市駅に着いた。そのまま下街道に合流して、後は適当に北進するのみで。
夕方のかなり早い時間帯に瑞浪駅の近くまで来たので、ここで終了とした。駅近くに差し掛かったときに雨がほんのわずかに降ったのでちょっとやべえなと思ったw。
瑞浪駅からJRで某駅に移動して、某蕎麦屋に入って、お得意の超早い時間帯に夕飯である。
その後は飲み鉄でいろいろとw。
まあこの週末は無駄金を使わなかったので良かった。
春日井市郷土館が解体される。
解体後は広場として活用されるようだ。郷土館にある道標などが広場に展示されるとのこと。
そもそも郷土館はほとんど開館していなくて、その理由が、耐震基準に満たないためだとか。
このあたり。検索してみたら、興味深い情報を見つけた。
あ!!!!末永けいさんって、あの末永けいさんやん!
それと、こんなのも。
「解体やむなし」かぁ。残念だなぁ。
とは言え、自分も実は郷土館には一度も入ったことが無いんだよなぁ・・・。だってめったに開いてないし・・・。
解体される前に、絶対に、開いている日に行ってやろう。心に決めた。
下街道。それは自分の街道人生の原点である。なぜなら、一番最初にスタート地点からゴール地点までを踏破した旧街道が下街道だったからだ。
2016年の、そろそろ暑くなり始めたころ。自分が1日にどれだけ歩けるかも知らなかったので、とりあえず4日に分けて下街道を歩くことにした。前日にはちまき亭の下街道ルートマップを印刷してクリアファイルに収めてたっけかw。
1日目は名古屋札の辻から坂下まで。そして2日目は坂下(春日井市)から高山(土岐市)までだったのだが、その道中の昼食で寄ったのが大俵さんだった。
大俵さんは春日井市の市街地からはかなり離れた場所にある。内津峠をこれからまさに越えようとする直前にある店なので、体のガソリン補給にはとても良い場所だったw。
ところで、なぜ閉店を知ったか。最近自分はこのブログでの新たな企画を考えていたのたのだが、その企画のうちの[懐古再訪]で第一弾として行こうと考えていたのが、大俵だった。ガチで、スマホのメモ帳に、再訪する店の筆頭としてリストの一番上に書いておいたし。
それで今週末の日曜日に下街道を久しぶりに歩いて大俵さんに行こうと考えていた。
実際に店に行く前にgoogleマップに投稿されたお店情報を見ておこうと思って、今日、春日井市明知町のあたりをレストラン検索してみたのだが。。。ヒットしない。。。まさかと思って店の情報をピンポイントで見てみたら、「閉業」になっているではないか・・・。
さらに、googleマップの投稿では「貸物件になっていた。もしかして閉店?」といった書き込みがあったので、これはもう間違いないだろう。
はぁ・・・。
これはもう、懐古再訪ではなく、[在りし日の店]のほうでこれまでの写真を公開することになりそうだ。
土曜日の昼過ぎから下街道の多治見~瑞浪までを歩いただけで、日曜日はダラダラと過ごしてしまった。
金曜日の夜に寝れなくて結局酒を朝方ちかくまで飲んでたのがアカンのやw。
日曜日は日曜日で例の魚介の店で昼飲みでダラダラとしていたし。先週は月曜日~木曜日まで酒の一滴も飲まなかったことの反動みたいなもんやでこれw。
下の写真はすべて土曜日のものです。
今週末は・・・土曜日に鶴舞公園でのライブがあるから街道ウォークは半日で切り上げだ。
土曜日に多治見にちょろっとだけ寄ったのだが、下街道すぐのところの「こもり食堂」が、建物ごと無くなっていた・・・。
ショック・・・・。
中山道の大湫から東海道の池鯉鮒を結ぶ「三河街道」という道がある。というか、あるらしい。
「らしい」というのも、その存在はいろんな文献で紹介されているのだが、詳細なルートを紹介している媒体がまったく見つからないわけで。
わかっているのは大湫から池鯉鮒までどの町/村を通るかってことと、あとは、下街道と一部を共有していて、「名滝の追分」で下街道は東に向かって土岐川を渡るのに対し、三河街道はそのまま土岐川の西側を通るってことくらいだ。
で、ちょうど2年前に、名滝の追分から分岐した三河街道がどういうルートを通るか、地図上で想像してみた。おそらくは県道421とほぼほぼ同じで、旧道は途中でそれたりしているんじゃないかと思った。ルートを想像して、2020年6月21日、実際に歩いてみた。
瑞浪駅を出て土岐橋をわたり、 中島醸造 のあたりに来る。このへんは風情がある街並みだ。すぐ近くに小里川があって、川の向こう側では421が北上している。421は川の北岸で、川に遮られる形で折れ曲がっているのだが、南側に目を向けると、421が川をまっすぐわたってきたかのごとく延びている道がある。そしてそこには、このような道標がある。
なんて書いてあるか?よくわからないが、おそらくは「左 大湫 大井」「右 岩村 明智」ではないか??
さて、三河街道とは本当に謎の多い街道なわけだが、本日、ちょっとひさしぶりにぐぐってみたら、とんでもないものを見つけてしまった。どうも瑞浪市観光協会がわりと最近に作成したサイトのようで、市内の三河街道について書かれているではないか!
googleマップでも出てきた。「三河街道 道標」でマップ検索すると、上記サイトで紹介されている場所がヒットする。「瑞浪.com」の表記があるので、おそらくは瑞浪市観光協会が登録してくれたのだろう。実にすばらしい。
ただ、瑞浪.comのサイトではこの道標は「中切辻の三河街道道標」という名で紹介されているが、Googleマップでは「戸切辻の三河街道道標」で登録されている。うーん・・・どちらなんだ?
もう少しGoogleマップを見てみると、中街道と下街道の分岐地点が「中切追分の道標 」と登録されていて、この周辺には中切神社や中切公民館がある。瑞浪.comのサイトでも中切辻の道標のページがあって、こちらは.comもマップも一致してる。
というわけで、上の写真の道標は「戸切」だろうと思ったのだが、あらためてその周辺をGoogleマップで近くを見ると「中切地蔵菩薩」が登録されていて、これが瑞浪.comでは益見中切 辻の地蔵のページで紹介されている。
うーん、謎だ・・・
ちなみに釜戸には「下切」もあれば「上切」もある・・・。下街道を歩けば目にするアレです。
ちょっとよくわからなくなってきたので、今日は酒を飲んで寝ることにしよう。
今日はそのリベンジで、釜戸あたりから歩こうかと思う。
昨日の下街道ウォークでは、多治見から槙ヶ根まで歩く予定だったが、朝起きるのが遅かった上に家でモタモタしていたおかげで、多治見を出発したのは9時半ごろ。しかも、ウォーク終了後にJRで中津川まで移動して17時に閉まる店でどうしても買い物がしたい用事があったため、結局、武並までとした。
武並から槙ヶ根、そして大井宿まではたかだか数キロなので、まあいつか中途半端に時間が余った日に続きを歩くことにする。
あーあ、あと1時間早く起きていれば・・・。
昨日は名古屋札の辻から多治見までを歩いた。2日間あるからのんびりで。
本日は多治見から終点の槇ヶ根までと、さらに中山道の大井宿までを歩く。。























