ガチの旅行記
ここ数年、毎年5月になると名古屋から日帰りで中山道の木曽路を歩いている。千種駅から特急を使わずに中津川まで行き、中津川でやはり普通列車に乗り換えてその日に歩く区間のスタート地点まで電車に揺られる。
どの駅まで行くかによるが、目的の駅に着くのは朝のそれほど早くない時間帯になる。そこから昼食を食べる予定の店までを歩く。
昼には山菜そばなど季節のものをいただく。そして食後に歩きの続きを初めて、夕方の早い時間帯まで歩く。夕方の早い時間帯に夕食兼飲みに行くためだ。
行く店は、木曽時の北の方まで歩いたときは思い切って塩尻まで行く。南の方を歩いたときは中津川まで戻ることが多い。
これが毎年のルーティーンである。
今年は、木曽福島駅から数キロの店に行こうと思ったので、電車で木曽福島駅まで行く。そして駅近くのATMで現金をおろす。多くの店は電子決済ではなく現金だからだ。こういうのも非日常感、都会を離れた感があって良い。
現金をおろしてまずは関所を目指す。というのも、ここ最近の自分のテーマは「関所」なので、っつーか今回から関所を巡ることにしたので。
・・・と、その前に今回の旅は失敗したことがある。ハンディGPSのeTrex32xを自宅に忘れてしまったのだった。ただまあ、自分は同じくガーミンのGPSウォッチを着用しているので、GPSログを取ることは可能だ。ただ地図が見れないだけというわけだが、まあ道に迷うことは無いだろう。わからなくなったらスマホもあることだし。
福島のクネクネした道を進んでその後のしばらくまっすぐ進む道を進んだ先に関所はある。
ここに入るのは初めてだ。というのも、中山道踏破の旅をやったときや、ウォーク重視の旅をするときは、できるだけ距離を稼ぐことばかりを考えているから、博物館や資料館は二の次で、そういう場所に行くのはウォーク重視ではない「散歩」の旅のときに行くことにしている。ちょうど今回も散歩旅だ。
さて。関所の入場券を買うことになったのだが、川村代官屋敷とのセット券もあるとのことだった。川村代官屋敷は随分前に行ったことがあるし、今回は関所を見た後に数キロを歩いて蕎麦屋に行く予定なので、関所だけの切符を購入して、いざ中にはいった。
ちなみに山村代官屋敷には今調べてみたところ2012年2月に行っていた。その日、とても運が良いことに御狐様を拝見させていただくことが出来た。
さて関所の展示で印象に残ったのが、高札?の看板なのだが、あれ、文字が盛り上がっているように見えたから、ガチの当時のものなんじゃないかと思った。まああくまでも自分が思ったことであって本当かどうかはわからないがw。
関所を出た後、数キロを歩いて目的の蕎麦屋に行った。蕎麦屋については昨日掲載しておいた。
今、蕎麦の写真を見返したら、また食べたくなってきたw。
蕎麦を食べた後、もと来た道に戻る途中にそこそこ急な坂があるのだが、そこを登っているとき、足裏の違和感というか軽い痛みがまた出てきた。これがあるがために今回は中山道ウォークではなく「散歩」に切り替えたわけで。。。いつになったら治るのか・・・。
妙な痛みがあるのであまり急がず、踏み込みに力を入れず、歩くことにした。
ちなみにこの日の目的地は藪原だ。というのも、藪原の次の奈良井までの間には「鳥居峠」があって、ここはクマの名所wなので、さすがにそこには足を踏み入れたくないというわけでww。こないだの冬に中山道を散歩したときは奈良井から歩いたので、藪原から奈良井までを歩きたいのは山々なのだが、クマには勝てぬ。
しかしそれにしてもこの時期中山道木曽路を歩いていて思うのは、道端に咲く花が美しいなぁということである。人工的な派手さは無く素朴だが可憐に咲くその様は一体何世代前から続いているのだろうか・・・・。 それらをいろいろ写真に収めつつ北を目指していると「田中邸」にたどり着いたので、ちょろっと入ってみた。今日は距離を稼ぐウォークではなく散歩なのでねw。
トイレがきれいなのはとにかくありがたい。
田中邸を出てすぐのところに「ファミリーショップすずき」さんを見つけた。ちょっと気になっている店で、なぜかというと魚がすごく充実しているからだ。お惣菜やお弁当もうまそうである。近所にあったら確実に生活レベルが上がるだろうと思う店だ。っつーか、次に引っ越すときはそういう店が近くにある場所に引っ越そう。
宮ノ越から北に向かうと大きな国道を通ることになるので、木曽時の中ではだいぶ面白くない区間ではある。
そのあたりに東に向かう道があって、これは「権兵衛街道」である。木曽谷と伊那谷をつなぐ道なのだが、この2つの間には高い山脈があるので両者をつなぐ道はあまりなく、権兵衛街道はその貴重な一つである。自分は2019年に歩いたことがある。
話を元に戻して、いつも入りたいなぁと思いながら通り過ぎている「焼肉権兵衛」を右に見ながら、木曽路を北上すると、やがてトンネルの脇を通り抜け、しばらく国道19を歩いていると旧道は右に逸れて、薮原駅にたどり着いた。
──────
薮原駅からはJRで木曽福島駅行きに乗って、歩き始めた場所に戻ってきた。
その木曽福島駅だが、 電車がホームにたどり着いたときに大量に人が電車を待っていた。次の中津川駅行きに乗ったらめっちゃ人が多いんじゃないかと思ってすんげえ警戒したので、木曽福島の町をちょろっと散策した後、再び駅に戻って今度は北に向かう電車で原野駅に先回りし、ちょっと今日歩いてきた駅前の中山道を散策した後で中津川駅行きに乗ったら、木曽福島駅ではそれほど人は乗ってこなかった。みんな特急しなので移動したってことやな。
中津川駅には17時過ぎに着いたので、訪店するのは数年ぶりになる駅ちかくの店に入り、ビールを飲んで定食を食ってきた。
実はこの店も過去に山菜を出していたことがあったようなので期待して行ったのだが、この日は出していなかった。今日は2回空振りや。
予定では今日の東海道散歩は、朝に庄野を出発して昼前には関に到着し、まだ人が多くない飲食店で「亀山ラーメン」を食う予定だった。
それがいろいろあって出発が遅れて、桑名の自分の大好きな店で昼メシを食って、庄野に到着したのは12時ごろだった。
今回の散歩はあくまでも足底筋膜炎からの病み上がりで、いわば「リハビリウォーク」である。なので、これまでに立ち寄っていない資料館などに寄るつもりで出発した。
庄野宿に入ってすぐにあるのが「庄野宿資料館(旧小林家住宅)」だが、素晴らしかった!
特に驚いたのが、現存する高札だ。書かれた文字が浮き上がっている。これを見るためだけに庄野に行くべきである。
この資料館は油屋の建物を利用したもので、そりゃあ立派な建物だ。まあ当時は電気など無く、照明に使う油が重宝されていた。特に菜種油はニオイも無い良質な照明用の燃料になるわけで。それなりに儲かったから立派な建物なのだろう。
しかしそれも電気というものが普及すると役目を終える。
今、AIがものすごい勢いで進化しているが、これにともない無くなる職業がたくさん出てくることだろう。人類はこの急激な変化に適応できるのだろうか?
それはさておき・・・。
驚いたのは庄野と石薬師の、桑名・四日市と比べての人口と宿の少なさである。資料館に数値が書かれた表があったのだが、まるで違う。
というのも、当時の三重県内の東海道はお伊勢参りの人々で賑わいまくっていたわけだが、京都以西から来た人は関の伊勢別街道で江戸橋まで行って伊勢街道に合流し、四日市以東から着た人は四日市の日永の追分から伊勢街道に入った。つまり、関~日永の間にあるこの2つの宿はかなり通行人が少なかったらしい。
今、書いていて思ったのだが、そしたら亀山宿も同じやないか。。と。・・・このあたりはまた別途調べてみる。
あと、石薬師の名物が「うなぎ」だったらしい。これは初耳だし、現在うなぎの店がそれほどあるとは思えない。
などなど。とにかく勉強になった。
さて、足底筋膜炎の行方だが・・・。
亀山宿に入る前の、和田一里塚の手前にある急坂に差し掛かるあたりで、なんか足裏が痛くなった。
あーまずいなぁ。亀山まで持ってくれ・・・と思いながら歩いて、なんとか亀山の商店街まで歩き、ションベンを済ませて、山を下った。
余談だが、亀山って、2段構造だと思う。低い場所と高い場所があって、低い場所にJRの駅とかがあって、高い場所に亀山城と旧東海道の亀山宿がある。何度か上り下りしたけど、風情があるなぁといつも思う。
ションベンを済ませて足裏をストレッチして、旧東海道沿いに山を下る。途中で旧東海道から外れて、、、、某うどん屋に入る。
足を休ませるためと、超早い夜メシ兼呑みのためであるwww。16時ごろだったかな。
その後、夕方の電車で名古屋に帰ったが、足は別になんともなかった。
これなら関まで歩いても平気だったかもしれない・・・。いや、でもそうするともしかしたら痛めてたかもしれない・・・。よくわからない。
いずれにしろ、たかだか10キロほどの散歩なので街道ウォークにもならんほどだが、まあ、リハビリとしては悪くなかったのかなぁ・・・。
今週末の予定や久しぶりに行った回転寿司屋でも書いた通り、11月の最終週末に東海道を歩いてきた。
まず、朝起きたのが遅かったので、目的地が岡崎なので出発地点は鳴海だろうというふうに計算して出発地を決定した。
名鉄鳴海駅まで行く途中、JRの駅で朝食のそばを。これはすきやきそばというやつだ。
その後、名鉄への乗換駅でおにぎりなども買って食いつつ、鳴海駅まで行き、鳴海宿を出発地点として江戸方面(東)へ歩き出始めた。
20分程で有松一里塚に着く。ここから有松の美しい町並みが始まる。
有松の町並みを抜けると少しだけ1号線に合流して、中京競馬場や桶狭間古戦場の近くを通りつつ、再び1号線から離脱して、しばらく旧道を進む。
前後駅を超えて、再び1号線に合流する直前にあるのが、阿野一里塚。ここは左右両側とも現存している貴重な一里塚である。
豊明駅を越えたらまた1号線から離脱して、境川をかかる境橋にたどり着いた。ここを超えると三河国に入る。
参河国に入ってしばらくしたら飲食店がいろいろある。このあたりに11時にたどり着いたのも計画どおりだ。
いくつかある店の中から選んだのは、ラーメン横綱だ。もうこの店に来るのは8年ぶりぐらいになるかな。
ネギをがっつり食って、店を出てきた。
旧道に復帰する。
逢妻川を渡っているところ。奥に見える旧道が東海道である。
池鯉鮒にやってきた。
トイレ休憩で知立古城址の公園のトイレを借りた。
いつもはトイレを借りてすぐ出発するのだが、今回はちょっと公園内を散策してみた。すると、かなり大きな木があるではないか。かなり印象的な大きさだった。
中町のすぐ手前。中町は西尾街道との分岐点である。
寄り道して、約1年ぶりに慈眼寺に行くことにした。ここの紅葉はすばらしいので。
慈眼寺を後にして東海道を歩くとすぐ、知立の松並木が現れる。
だいぶ飛んで・・・・安城市のはずれ。前方に見える1号線に合流したら岡崎市内に入る。
そして矢作川の手前。秀吉と蜂須賀小六の出会いの像がある。
さあ岡崎だ。
中岡崎駅の前のバス停から目的地へのバスが出ているので、ここで街道ウォークは終了した。ここからは10分ほど後のバスを待つ。
そしてバスで回転寿司屋へw。
昨日のエントリーでも書いた通り、土曜日に東海道の有松から宇頭までを散歩してきた。このクソ暑い中に、であるw。
さて。自分は毎年夏に東海道の三河地方を歩くので、今年もいっちょ遠くまで歩いたろかと思ったのだが、6月はほとんど外に出て活動をしていなかったので、Garmin Connectの情報を見ても自分の身体が暑熱順化が進んでいないのは明らかだった。それならばということで、速歩きで遠くを目指すウォーキングは止めといて、せいぜい「散歩」程度に収めておこうということにした。
まずは名鉄電車で有松駅を目指す。途中、鳴海駅だったかで乗り換えが発生した。
今回は駅からダイレクトに東海道に入らずに、下の写真の裏道を抜けて東海道に入った。
有松の町並み。いいねぇ。
ちなみに有松は鳴海宿と池鯉鮒宿の間にあるいわゆる「間の宿」だと言われている。そう、鳴海と知立ってけっこう離れてるもんなぁ。自分の体感だと2時間ぐらいかかるイメージで。
この郵便局の交差点で右に分岐している道が「分レ道」で、郵便局の敷地内に道標があり、そこには「☞大府行縣道」と書かれている。
これがその道標だ。
有松を出てしばらく歩いたところにある某所のフードコートで、ちょっと早目の昼メシを。
この店のメニューはあらかじめ調査済みで、予定通り、ざるそばとミニえびかつ丼のセットを頼んだ。
夜メシも早メシをする予定なので、昼も早めなのです。
旧東海道は国道1号線に合流し、やがて豊明駅を過ぎたあたりで、このような交差点がある。旧道はここを左に入って国一から別れる。
すると少し進んだところで松並木が現れる。
今川町の交差点で国道1号線を潜るように越えたところに旧道が続いている。
逢妻川を渡って少し歩くと、池鯉鮒宿に入る。
ありゃ! アピタに向かう道が封鎖されている。
この松並木は良い。
ここから旧道は国道1号線からけっこう離れる。
途中、ネコを見かけたのだが、目があっても逃げなかったのでよくよく観察してみると、ウ◯コをしていた。その勇姿を写真に収めるべくカメラを向けたら、ウン◯中にもかかわらず一目散に走っていってしまった。。。ちょっと悪いことをしちまったなぁ・・・。
来迎寺一里塚。これも愛知県内では珍しい、道の両側ともに残っている一里塚だ。
灼熱ウォークではいつもこの来迎寺公園でトイレ休憩と水分補給を行う。街道ウォーク中のちょうど良い場所にあるんだよねぇ~。
ところどころ松並木がある。
再び国道1号線に合流してすぐ、岡崎市の看板が。
このあと豊田市内某所に行く予定があるので、宇頭町の交差点で東海道散歩を終了し、宇頭駅から電車で移動した。
GPSログはこんな具合だ。
とにかく暑かったは暑かったのだが、クールタオルがあったのでわりと快適だった。
ただクールタオルにはどうしようもないデメリットもある。水で濡らして腕や首筋などに当てるわけだが、当てた部分に塗ってあった日焼け止めが落ちてしまって、焼けしてしまうのである。これは本当にどうにかならんものかなぁ・・・。
それと、いつもどおり「でんまあと」で寄り道をしたのだが、、、ほんとああいう店が近所にあったらものすごい豊かな食生活を送れるだろうなぁ、と思う。
でんまあとではトマトジュースを買って飲んだ。これで、汗で失われたカリウムを補給できたはずで。
それと今回の散歩にはニチガの塩化マグも持参し、途中、水にパラパラッと溶かして飲んだ。これで、汗で失われたマグネシウムもリカバーできたと思う。そのあたりのミネラル補給の話はまた別の機会に書こうかと思う。
こないだの土曜日、5月25日は、中央線の臨時列車で上松駅まで行き、そこから藪原までを歩いた。
中央線臨時列車の映像は近いうちにyoutubeでうpする予定だ。
臨時列車のすっ飛ばしぶりは爽快そのもので、終点の中津川まで列車は一気に駆け抜けた。
中津川駅では次の松本行きの列車が来るまでに時間があったので、朝食の2食目を駅舎内の立ち食いの店「根の上そば」で食べようと思っていたのだが、店は開いていなかった。開店は10時らしい。うーん、以前はもっと早い時間帯からやっていた気がするのだが・・・。
しかたがないのでベルマートキヨスクでおにぎりなどを買った。
松本行き列車の出発時間が来たので、乗り込んだ。車内はけっこう空いていた。
上松までは車窓を見ながらのんびり過ごす。木曽路の普通列車旅は良いものである。
体感的にあっという間に、今回の徒歩の出発地点である上松に到着した。ここから歩き始める。
ここを出発地点に選んだのは、前回の木曽路旅のゴール地点がここだったからだ。
その前回というのもだいぶ昔の話で、2022年の5月だった。その日は三留野から上松まで歩いたのだが、途中にGPSロガー「eTrex30x」をガケの下に落としたという苦い思い出がある。この日のことは忘れもしない。
それは良いとして・・・。いざ上松から歩き始める。
が、福島までの間で、ちょっと体調が悪くなった。胸騒ぎのような感覚があった。去年の猛暑の時期に似たような状態になって、循環器系を中心にいろいろな検査を行ったが、結局内臓で悪い場所は見つからず。今になって思えば自律神経の乱れだと思っているのだが・・・。
やや不安を抱えながら、そういえば水を飲むと良いということで、途中で水をごくごくのんだ。そのおかげか、木曽福島の駅前に付く頃には、すっかり良くなった。
それでも大事を取って木曽福島から東へは歩かないようにして午後からは木曽福島観光と電車旅に切り替えようかと迷った。木曽福島観光と、その後に電車で奈良井に移動して観光。それでもいいじゃないか。
そう思いつつ、駅前の蕎麦屋で山菜そばを食べた。卵トッピングでw。
蕎麦を食べ、店を出て、さあ木曽福島観光だ、と思ったが・・・ここで徒歩旅を辞めるのは、極めてもったいないという思いがした。そもそも、体調は完全に復活した。猛暑ならともかく、今日は天候も抜群に良い。などと、少しの逡巡を経て、再び徒歩旅を継続することに決めた。
福島の関所を超える。
思えば上松より東を歩くのは2018年に歩いた時以来なので、なんと6年ぶりになる。岐阜県内の中山道はけっこう何度も歩いているのだが、やはり木曽路ともなると電車で気軽に行けるわけではなく、それなりに準備と気合がないとダメで。だからこそ歩いたあとの充足感はでかいのも大きい。
ゴールの藪原に着いたとき、SLを見たり水を飲んだりして次の列車を待ったのだが、列車が来る直前になって、駅からしばらくのところに漆器店があることがわかった。
実は今回の木曽路旅の目的の一つに、木曽塗の箸を買うことがあった。というのも、自宅の箸がダメになってからというもの、アウトドア用に買ったチタンの箸を日常的に使っていて、さすがにこれは日常使いするものではないと思って。
今回のコース中で店がある場所といえば木曽福島ぐらいなのだろうが、木曽福島では買い物のことはすっかり忘れてしまっていたのだった。
藪原駅に列車が着くのは10分後。さすがに漆器店までの往復と現地での熟考には間に合わないと判断し、箸はあきらめることにした。
が。。。藪原駅のすぐ上に、道の駅があるではないか。ここならお土産が売ってるのではないか?
そう思い、崖に整備された階段を一気に上がり、道の駅に入ったところ、お目当ての品が見つかった! シンプルな木曽塗の箸がセットで入ったものが。こういうのが欲しかったんだよ。
その箸セットに、おやきも買って、崖を下って、やがてやってきた中津川行きの電車に乗り込んだ。
車内はそれほど混んでいなかった。18きっぷのシーズンを避けるというのは、旅を快適にするための重要な条件だろう。
次の駅ぐらいで席に座れたので、さっそく買ってきたおやきをいただく。店の人は温めたほうがおいしいと言っていたが、時間がなかったのでそのまま持ち帰った。つまり常温で食べたのだが、フツーに美味かった。
で、道の駅で買った箸もあらためて電車内で見ることにした。道の駅で買ったとは言え、レジの人は箸をビニール袋ではなく漆器店のロゴが入った封筒のような紙袋に入れてくれた。ロゴに入った店の名前を見て、ハッと思った。さきほど行くのを諦めた駅だった。なんという偶然と幸運・・・。その店は藪原と奈良井にあるようだ。
電車は自分が歩いた場所を戻るようにして木曽路を南下する。
さて。今回の旅にはもう一つの目的がある。それは、中津川駅前のにぎわい物産館で「ねぶ茶」を購入することだ。自分はいつもこれをまとめ買いしているのだが、長らく中津川には来ていなかったので、もうずいぶん飲んでいない。
幸いにしてにぎわい物産館は18時までやっているので、列車が17時過ぎに中津川駅に到着しても店はやっている。
ねぶ茶のすぐ近くに、後藤製茶さんのお茶も売っているので、もちろんそれも購入した。
その後、今回の旅の目的の3つ目。鶏焼肉である。この店もだいぶ久しぶりだ。東濃地方や木曽地方に行ったときには毎回寄る店で。
肉を食ったあと、木曽の酒を買って電車で名古屋に戻った。良い一日ですたw。
この夏は体調不良でまったく街道歩きができなかった。
いや。この夏のみならず、昨年末あたりから、やや街道歩きにも飽きてきて、かつ、名古屋周辺の街道はコースが判明しているものはほとんど歩き尽くした感があるので、モチベーションが下がっていて、名古屋周辺の街道はほとんど歩いていなかった。
9月に入ってようやく体調も整ってきたので、この土曜日の昼過ぎから、リハビリを兼ねた灼熱チャレンジに行くことにした。まだ暑いうちに・・・。
灼熱チャレンジとは言えリハビリなので、鳴海宿~宇頭駅あたりの20kmほどを歩こうかなと思ったのだが、出発タイミングが遅れて、結局は中京競馬場前駅~牛田駅までの十数キロを歩くことになった。
昼過ぎに、某立ち食いきしめん屋でそばを食らう。
自分は飲食店に入ったときは、できうる限りソーシャルディスタンスを保つような席に座ろうとするのだが、この店の何が気に入らないかって、奥に詰めて客同士を隣に配置する点だ。空いてる場所に行っても店員が「こちらにどうぞ」などと言って、一箇所に客を密集させるのである。そちらのほうが店員の移動が少なくて済むからなのだろう。名古屋はDQNが多いから他人とは距離を開けたいところなので、こういうやり方はストレスが貯まる。こちらにどうぞなどと言われても、一度拒否してやりたい思いだw。
金山でJRから名鉄に乗り換えて、中京競馬場前駅で下車する。
そうそう。この日はD7500は使えないので、D50を引っ張り出してきて十数年ぶりに使ってみた。このブログ記事のすべての写真はD50によるものである(しかも、後述するように設定をミスってて、すべてISO800で撮影している・・・)。
さて。駅のすぐ目の前に東海道が通っているので、そこをスタート地点とする。GPSウォッチInstinct2の記録を開始させ、ハンディGPSのeTrex32xの統計をリセットし。歩き始めた
前後駅の近くに↓このような道標が・・・。今まで見逃していた!
そのままじゃんじゃん歩いていく。
体調の方だが、なるべくこまめに水分を摂取し、途中の駅でトイレに行くぐらいのペースで水を飲んだ。今川町に差し掛かったときに心拍数が120近くまで上がってやや焦ったけど、すぐに元に戻って苦しい思いをせずに済んだ。
久しぶりに東海道を歩いて、思ったことがある。「街道歩きはやっぱり楽しい」ということだ。
昨年末あたりからマンネリ化してモチベーションが下がったことは確かだが、ここ2ヶ月ほどの体調不良で、この先自分は街道ウォークができるように回復するのだろうかとやや不安になったこともあり、また街道ウォークに行きたいと思いながら1~2ヶ月を過ごしてきた。初心に戻ったようなものだ。
さて。15時半ごろに牛田駅に到着し、16時過ぎのバスに乗って某所に移動した。メシのためだけに移動するのも俺様流である。
メシを食ってバスで名鉄の駅に行き、そこから特急列車で名古屋方面に戻る。その車中、D50の写真をチェックしていると、なんとISO800で撮影していたことに気づいた・・・。なんてこった・・・。
昨年末から三重県内の街道を歩いている。
今回は三重県から奈良県に向かう「大和街道」を歩くことにした。
大和街道のスタート地点は東海道関宿で、ゴールは奈良。初日は中間地点である伊賀上野まで歩けば良い。
そういうわけでGPSトラックを作成し、eTrex32xにそれを入れ、当日の朝を迎えることとなった。
ザックを担いでギリギリの時刻で自宅を出発し、最寄り駅に走って向かう。名古屋駅までは地下鉄で移動し、名古屋駅からは亀山行きのJRで移動。亀山でさらに乗り換えれば次の駅が関駅である。
名古屋駅までは順調だったのだが、名古屋駅の関西線ホームに上って、異変に気づいた。乗り換え検索でヒットした列車が無いのである。ちゃんと10月1日で検索しているのにどういうことなんだろうか。おそらくは2023年とか2021年とかの違う年で検索した結果、平日ダイヤを探し当ててしまったんじゃないか、と。
おかげで予定?よりもかなり遅れた関駅到着になってしまう。何よりも亀山駅での乗り換え時間が長いのは痛い。
しかも亀山駅で降りてみたは良いものの、駅前の鳥居がなくなってるわ、トイレに行きたくても駅のトイレ以外は駅前に無いわで、結局何もせずに次の乗り換えまでただただ駅前を歩いただけになってしまった・・・
なんつーか、前途多難だ。
その悪運はこの後、歩行中の体調にも現れてしまう。。。
さて、早朝の関宿は何度か来ているのだが、やはり何度来ても美しい。
関宿にはちょっとほろ苦い思い出があって、ここに来るとそのことを思い出してしまう。まあ、その話はいつかこのブログに書こうかと思っている。
さて、宿場町を西に歩き切ったところに、西の追分がある。ここが東海道と大和街道との分岐点だ。大きな街道の分岐点らしく、↓のような立派な道標がある。
「南無妙法蓮華経 ひたりハいか やまとみち」と書かれている。伊賀を目指すのでここは左へ向かう。
追分で東海道から大和街道に入ってすぐ、このような川が。
水が綺麗だ。
川を越えてしばらくは心も体も軽やかだったのだが、歩いていくうちに体がだんだんきつくなってきた。例の持病が出てきたのである。
このとき正直、次の最寄り駅でリタイアするべきという考えが頭をよぎった。こんなコンディションじゃ、とてもとても四十キロ先の伊賀上野まで行けるわけがない。
ただリタイアするにも最寄り駅までは自力で歩かなければならないわけで、最寄りのJR加太駅まではけっこう距離がある。なんとかたどり着ければ良いのだが・・・
不調はGPSウォッチの使い方にも現れた。今回の旅はeTrex32xとInstinct2の2台体制でGPSログを取ると同時に、Instinct2にも同じトラックファイルを入れておいたのでナビ機能を使えるはずが、軌跡を表示しても自分が歩いているはずの場所に線が表示されない。正確には、登録した大和街道とは違う場所を自分が歩いているように見える。なんなんだこりゃ・・・
あとで分かったことだが、Instinct2でアクティビティを開始する前にGPS測位をせずにいきなり開始していたようで、自分が今どこにいるかわからない状態で記録を開始してしまったようだ。。。
いろいろと残念なことになりながらも、加太駅に近づく頃には体調がかなり良くなってきた。ああ助かった。旅を続けられる。
ただ、もうひとつ問題があった。水の確保である。かつて街道旅行中に深刻な水不足を2度経験したことのある自分は、知らない道を歩くときにはどこで水が確保できるか分からんので自販機を見つけたら必ず予備の水を買うようにしているのだが、この日はどうも別のことに気を取られていたらしく、関駅でペットボトルを買うのを忘れてしまっていた。そして、西の追分から加太駅に着くまでにひとつも自販機が無い。
お地蔵様にあげる水もない。
これからの長旅を考えれば、加太駅で水を確保しなければ大変なことになる。是が非でも水を多めに確保したいところだ。まあ、田舎とは言えさすがに駅前ぐらいは自販機のひとつやふたつはあるだろう。
そう思っていた自分が甘かった。
加太駅には自販機のジの字も無かったのだ。
そしてこれも後で・・・正確には帰りの電車の中から見てわかったことだが、駅前の自転車置き場の中に自販機があるようで、自分が歩いてきた場所からはそれが見えなかった。あー、人目につく場所に置いてほしいもんだ・・・。
自販機がなかったので仕方なくトイレの水道で喉を潤して、加太駅を後にした。
そして運がよいことに、加太駅を出て少しのところで自販機を見つけたのだった。ちょっと前まで商店をやってたような雰囲気の店の前に自販機があったので、ありがたく何本か買わせていただいた。これで旅が続けられる。
水を確保して元気になったのでどんどん歩く。しばらくすると、このような橋が!
こりゃあすごい。柵もガードレールもない。酔っ払って歩いたら川に落ちるかもしれんで。橋の上から川を見ると↓な感じ。
美しいよー、美しいよー。
川を渡ってちょっとのところに大和街道の案内板があった。
途中で道標を見つけたのだが、上がポッキリ折れていて何が何だかわからない・・・。
歩いているととても良い香りがすると思ったら、キンモクセイの大木が。
さて。大和街道を歩いていると、けっこうな頻度で石仏に出会う。
歩いているうちに昼の時間帯に突入してくる。目の前には鴉山池という大きな池が広がっている。道中に店がないことはあらかじめわかっていたので、池のすぐ近くで、カバンに入れておいた賞味期限切れのカロリーメイトを食うことにした。
味気ない昼メシを終えて、すぐにまた歩き出す。
池を越えてしばらくのところで旧道は国道25号線から分岐し、柘植の街中に入っていく。
↓家康ゆかりのお寺:永徳寺ちかくの分岐点にて。ちょっとしたスペースに案内看板と道標がある。
このあたりでやや疲れてきたので、道の脇を流れる水とその中に棲むカワニナを眺めながら、休憩する・・・。そういえば最近はあまり歩いていなくて、長距離を歩くのはかなり久しぶりだった。
ちょっと休憩して、また別の場所でも休憩して、のんびりと伊賀上野に近づいていく。
伊賀上野の市街地のちょっと手前。
市街地に入る直前には、立派な道標が。
そしてこの日のゴール地点である、伊賀街道との分岐点に16時34分、到着した。
これにて大和街道の前編の旅は終了になる。後編は伊賀上野から奈良のゴール地点までとなるが、三重県内のルートは詳細がわかっているのだが京都府内と奈良県内のルートが未だよくわからない部分があるので、後編を歩くのは少し後の、おそらく年明け以後になるだろう。
ホテルに向かう途中の道に、このような横丁が。
そして、17時の早い時間帯での夕飯は伊賀牛を。
夕食後は外が暗くなったので、夜の伊賀上野の町を歩いてみた。夜もまた風情があって良いので写真撮影などをし、ホテルちかくの酒屋で地酒を2本ほど買って、部屋に戻って飲んでみた。
一日中歩いてきたのに全然眠たくならなかったのには困ったw。
本エントリーは伊勢西街道を歩いてきた。2日目:伊勢治田~亀山の続きになります。
15時半ごろに井田川駅からのJRに乗り、某駅まで移動する。そこからは徒歩で、某店までやってきたw。
私がなぜ街道歩きを、夜明け直後の早い時間帯から始めて、15時という冬でもまだ明るい時間帯に終えるのか。それは、夜メシを食う際にまだ客の少ない早い時間帯に食いたいからである。
まずは街道歩きで失われた水分を、街道歩きのスポーツドリンクで補う。
回転寿司屋だけどサイドメニューをいろいろ頼むことにする。
なんか揚げ物ばかりになってしまった・・・。
以上、2日間で伊勢西街道(関ケ原~亀山)を歩いてきたわけだが、この道の名は美濃国の側から見た名称で、伊勢国の側からは同じ道を「巡見街道」と呼ぶ。今回は美濃国から伊勢国に向かったので伊勢西街道と称し、一連のエントリーを書いてきた。
1日目のエントリにも書いたとおり、積雪のせいで正規ルートを通れずに代替ルートを通った区間がけっこうあったので、春になったらリベンジを行う予定である。その時は、伊勢西街道を歩くか、巡見街道を歩くか、気分で決めようと思うw。
このエントリは伊勢西街道を歩いてきた。1日目:関ケ原~伊勢治田、および伊勢西街道を歩いてきた。1日目番外:四日市とんてきからの続きになります。
四日市の宿で目が覚めた。朝食付きのプランだったが、それを頂くこと無く、前日に買っておいたパンを部屋で食する。ちなみにだが僕はパンというものを1年に数回しか食べない。炭水化物はだいたい米がメインで、ときどき麺類を食う。ではなぜ珍しくもパンを食べたかと言うと、前日夜にスーパーでおにぎりを探したのだが、なぜか売り場には1個もなかったからだ。年末の特別な時期だからだろうか。
宿を出て、近鉄四日市駅方面に向かう。まだ5時過ぎの駅には、夜通し飲み明かしたと思しきDQNがたむろしている。コロナのこの時期によくもまあご苦労なこった。
四日市を5時半過ぎに出る列車は、始発の次の電車になる。これに乗って近鉄富田まで行けば、三岐鉄道三岐線の始発に接続できるわけだ。この始発に乗れば、6時半には、前日の終了ポイントであり本日の開始ポイントである伊勢治田駅に到着する。日の出が7時なので、日の出前から行動開始ができるわけだ。っつーか、泊まりの長距離旅行でこんな早くから行動したことなどないw。
富田駅を出た頃は外は真っ暗だったが、伊勢治田駅に近づくにつれ、遠く地平線のあたりにほんのうっすらと明かりが見え始めた。そして伊勢治田駅に着いた頃には、朝焼けが近づいてきた。
切符は車内で回収されたので、駅の改札はそのままスルーする。改札では昨日の黒猫ちゃんが、まだ寝ていた。
身支度を整え、いざ、スタートする。

少しずつ、明るくなってきたかと思うと・・・
燃えるようなものすごい朝焼けが東の空を燃やす。
道標を見つけた。現地では判読不能だったが、この写真を見てもやはり判読不能であるw。「右 治田」「左 滋賀縣」みたいなことが書いてあるような気がする。
朝焼けが背中を照らす。
これも道標。判読不能w。「左 三重郡」「右 右丹生川村」みたいなことが書いてあると思う。
と、調べてみたらこういう記事があった。
ここからは、一心不乱にどんどん歩く。
↓ちょっとこの雲行きは怪しいが、ここ数週間、このあたりを歩いた経験上、周囲の山の天気はこういうもんだと思えるようになってきた。おそらく街道を歩いている限り、雨に降られることはないだろう。たぶん・・・。
↓とんでもない大きさの常夜灯を見つけた。僕が見た中では、伊勢別街道で見たものの次ぐらいに大きい。
このあたりまで来るとようやく積雪が少なくなり始める。
ようやく、積雪がほとんどない場所にまで南下してきた。っつーか前日は積雪のおかげで正規ルートを通れずに代替ルートを通る区間が多かった。まったく街道歩きにはなっていない。雪が溶けたら必ずリベンジしようかと思っている。
昼メシに少し早い時間帯に菰野にたどり着くので、あらかじめ決めておいたスーパーで弁当を買う。
その店にはいろいろな種類の弁当が並んでいたが、伊賀米を使ったものが多いのはありがたかった。その中から、鶏を使ったものをえらんだ。
ちなみに、この日は夕方の早い時間帯にメシを食う予定なので、それにあわせて昼メシも早い時間帯に食った。
道中ではのんびり写真やら動画を撮影していたおかげで、ペースダウンしていたので、昼メシを食ったあとは、亀山に向かってかなり急いで歩いた。あまりに急いだので、写真があまりないw.
ゴールは亀山にある東海道との分岐点だ。15時にたどり着いた。

本来の予定だとゴール地点にはもっと早く着いて、そこからは東海道を歩いて亀山駅か井田川駅まで行くはずだったのだが、歩いていてはさすがに15時半ごろの電車に間に合わないので、ゴール地点から井田川駅まではタクシーで移動した。
伊勢西街道を歩いてきた。1日目:関ケ原~伊勢治田からの続き。
15時48分発の近鉄富田行きに乗り、近鉄富田から近鉄四日市に乗り換えた。予定よりも1本遅い列車だったが、目標としている17時前には四日市にたどり着く。飲食店は17時に開くことが多い。17時のオープン直後に入れば店は高確率で空(す)いている。最近の僕はこれを狙っているわけである。
近鉄四日市に着いた。が、さすがの四日市。人が、多い。人が集まる場所が嫌い、いや、人間そのものが嫌いな私は、ややうんざりしながら、事前にリサーチしておいた店や、飲食店の多いエリアをいろいろ見て回る。
ちなみに私は以前、↓こういう路地裏の写真を撮るのが趣味で、そういうブログもやっていた。
この日の目標は「四日市とんてき」だ。んで、これを出している店があるので、その前まで行ったのだが・・・、この日は年末で休みだった
仕方がないので、町を歩くことにする。事前に調べた店以外に良さそうな店はないかも含めて、いろいろ探すのだが、17時直後の早い時間帯にも関わらず、入っている店には客がけっこう入っているではないか。
四日市のアーケード商店街は東海道が通っているが、そこを中心に周囲をぐるぐると30分ほど歩きまわって、決めた。ここは「困ったときのゑびすや」発動だ。
実は夏に東海道を歩いたときも、四日市宿で昼メシ時に入ろうかという店が無くて困っていた中、「東京おぎくぼラーメン ゑびすや 四日市店」さんは客の回転が良くてコロナ対策もされていたので、入った次第である。・・・。
店は年末限定メニューにもかかわらず、ちゃんと、四日市とんてきは存在するので、欠かさず注文する。
まずは、街道ウォークで失った水分を補給するスポーツドリンクを。
ハーフサイズの炒飯でも、けっこう入っています。
ラーメン屋の定番。餃子。
そして主役の、四日市とんてき。街道ウォークで失った栄養素を補給するにはとても良い。













































































































































