東海道
この夏は体調不良でまったく街道歩きができなかった。
いや。この夏のみならず、昨年末あたりから、やや街道歩きにも飽きてきて、かつ、名古屋周辺の街道はコースが判明しているものはほとんど歩き尽くした感があるので、モチベーションが下がっていて、名古屋周辺の街道はほとんど歩いていなかった。
9月に入ってようやく体調も整ってきたので、この土曜日の昼過ぎから、リハビリを兼ねた灼熱チャレンジに行くことにした。まだ暑いうちに・・・。
灼熱チャレンジとは言えリハビリなので、鳴海宿~宇頭駅あたりの20kmほどを歩こうかなと思ったのだが、出発タイミングが遅れて、結局は中京競馬場前駅~牛田駅までの十数キロを歩くことになった。
昼過ぎに、某立ち食いきしめん屋でそばを食らう。
自分は飲食店に入ったときは、できうる限りソーシャルディスタンスを保つような席に座ろうとするのだが、この店の何が気に入らないかって、奥に詰めて客同士を隣に配置する点だ。空いてる場所に行っても店員が「こちらにどうぞ」などと言って、一箇所に客を密集させるのである。そちらのほうが店員の移動が少なくて済むからなのだろう。名古屋はDQNが多いから他人とは距離を開けたいところなので、こういうやり方はストレスが貯まる。こちらにどうぞなどと言われても、一度拒否してやりたい思いだw。
金山でJRから名鉄に乗り換えて、中京競馬場前駅で下車する。
そうそう。この日はD7500は使えないので、D50を引っ張り出してきて十数年ぶりに使ってみた。このブログ記事のすべての写真はD50によるものである(しかも、後述するように設定をミスってて、すべてISO800で撮影している・・・)。
さて。駅のすぐ目の前に東海道が通っているので、そこをスタート地点とする。GPSウォッチInstinct2の記録を開始させ、ハンディGPSのeTrex32xの統計をリセットし。歩き始めた
前後駅の近くに↓このような道標が・・・。今まで見逃していた!
そのままじゃんじゃん歩いていく。
体調の方だが、なるべくこまめに水分を摂取し、途中の駅でトイレに行くぐらいのペースで水を飲んだ。今川町に差し掛かったときに心拍数が120近くまで上がってやや焦ったけど、すぐに元に戻って苦しい思いをせずに済んだ。
久しぶりに東海道を歩いて、思ったことがある。「街道歩きはやっぱり楽しい」ということだ。
昨年末あたりからマンネリ化してモチベーションが下がったことは確かだが、ここ2ヶ月ほどの体調不良で、この先自分は街道ウォークができるように回復するのだろうかとやや不安になったこともあり、また街道ウォークに行きたいと思いながら1~2ヶ月を過ごしてきた。初心に戻ったようなものだ。
さて。15時半ごろに牛田駅に到着し、16時過ぎのバスに乗って某所に移動した。メシのためだけに移動するのも俺様流である。
メシを食ってバスで名鉄の駅に行き、そこから特急列車で名古屋方面に戻る。その車中、D50の写真をチェックしていると、なんとISO800で撮影していたことに気づいた・・・。なんてこった・・・。
日曜日。始発で御油に向かったのだが、駅を出た瞬間に雨が降ってきた・・・。
もう電車で移動するしかないので、とりあえず隣の国府駅まで行ってみた・・・。あ、先週来たばっかやんけ。
国府駅に着いたころには雨はやんだので、御油まで歩いてみた。
その頃にはもう名古屋方面に戻るタイムリミットが迫っていたので、仕方なく名鉄電車に乗り、西へ向かった。
結局、御油では何も見られなかった・・・。残念。
昨日のエントリーの続きになるが、国府駅まで向かう名鉄電車の車内から、本宿駅あたりで、別の神輿か山車が神社のような場所にあって、そこに人が集まっているのが見えた。
この時期はいろんなところでまつりがあるんだなぁ、と思い、国府を出た後、とりあえず思いつきで本宿駅まで行ってみた。
そしたら、駅前に山車があるではないか!
しかし人が一人も居ない。まるでパラレルワールドではないか。タイムスリップどころか、違う時間軸の現代にでも飛ばされてもうたか???ww
まあそうやって暑い中を、のんびりのんびり旧東海道を西に向かって歩いてみることにした。体調がまだまだ優れないので・・・。とにかくのんびりだ。
すると遠くのほうか「ワッショイ!ワッショイ!」という声とともに楽器の音がかすかに聞こえてくる。
こちらが西に向かっていることもあり、東に向かう神輿はあっという間に近づいてきた。すれ違う時間はほんの10秒たらずだったけど、こっちまで気合が入ったよ。
さて、神輿が去った後に、近所の方にちょっと聞いてみた。あの神輿はどこからやってきたのか、と。
話によると、どうも近くの神明社から来たらしい。そして、後から調べてわかったことなのだが、この祭りは「本宿神明社の祇園祭」というらしい。
さっそく、本宿神明社に行ってみた。
ううむ・・・。東海道の本宿のあたりは何度も何度も歩いているが、このような神社があるとは知らなかった・・・。
というか、街道沿いはかなり昔からある大きな神社が、それこそいろんなところにある。ひとつひとつ巡ってみるのも面白いかもしれない。
さて神明社を出て、今度は東に向かうと、お供物が。やはり祭なんだと思わせる。
それにしてもさっきの神輿はどこに行ったんだろう・・・。東のこの先は大きな寺(法蔵寺)があるから、そこがゴール地点では???と思い、実際に行ってみたら、寺の大きな敷地内にそれらしき人たちが遠くから見えた。
ちょっと次の電車まで時間がなかったので、寺についたらすぐにUターンし、本宿駅に戻ってきた。
本宿駅から豊橋方面の電車に乗り、超早めのメシを食うために豊橋駅に向かった。
電車に乗りながら、考えていた。国府に行くときの電車内から見た神輿か山車のようなものは、一体なんだったんだろう、と。
後日Googleマップで確認したところ、その場所は本宿の東、国道1号線に合流する地点にあり、自分が神社だと思っていた場所の近くには公民館があって、その場所は公民館の敷地のようにも見える。法蔵寺からは目の鼻の先にあるので、もう少し歩いたら見つけられたということだった・・・。
先々週に脱水症状になったあたりから、2週間ほど、体調が悪い。
本来なら7月の週末ともなれば「東海道灼熱チャレンジ」と称して、毎年、桑名宿や四日市宿~亀山宿や、岡崎宿~吉田宿あたりを歩くのだが、今年はもうそんな体力的余裕はない。今の自分は、去年とは別人になってしまったようだ。なぜこうなってしまったのかは後日、別のエントリーで書いてみたい。
さてそんなわけで炎天下のロングのウォークは不可能だが、先週は1週間いろいろと気をつけたおかげで、外に出て軽い活動を行うことは可能になってきた。
なので今週は灼熱チャレンジを諦めて、この夏、東海道の各宿場町で開催される夏祭りを見に行ったり、歩くときはあまり行くことのない資料館や博物館に行くことに決めた。
さて。三河地方の東海道でこの時期、3つの祭りが開催される。
で、日曜日の12時ピッタリに国府夏まつりの拠点である国府大社神社に向かった。
この祭りの存在は知っていて、昨年2022年の灼熱チャレンジは7月31日(日)に見合駅~吉田宿までを歩いたのだが、そこで国府を通ったときにお祭りの雰囲気が伝わってきたのを、今でも覚えている。
国府に行く前に、ちょっと早めの昼食。某チェーン店の居酒屋でお刺身のランチを。
かなり露出がアンダーになってしまった・・・。
そして、名鉄2dayきっぷを引っ提げて、国府駅へ移動する。岡崎宿~吉田宿の区間は東海道の中では一番多く歩いている区間だから、道順はほぼほぼ完全に覚えている。
まずは、祭りの拠点となる、国府大社神社に行く。祝詞があげられ、煙火がドーンと鳴って、歌舞伎行列が始まった。
さて。僕がなぜ旧街道にこだわるかと言うと、タイムスリップ感に浸れる点に魅力を感じるからである。国府のあたりで言うと、藤川の松並木とか、御油の松並木とか、最高じゃないっすか。国府大社神社の大木は、あの大きさなんだから昔の旅人を見下ろしてきただろうし、今も令和の旅人を見下ろしているわけで。そういった、隔たりがある時間の連続性を感じるのが旧街道の旅なのです。
そして夏まつりも江戸時代を再現したようなもんやし。歌舞伎行列、煙火、山車・・・etc...
国府の他にも行く場所があって、現地に居たのはピッタリ3時間だったけど、とても印象深いタイムスリップ感だった。今でもまだ夢を見たかのような感覚だ。
youtubeで国府夏まつりで検索すると、秀逸な動画がいくつか出てくるので、チェックだ。
昨日は昼に名駅で立ち食いそばを食って、近鉄で桑名駅まで行き、七里の渡まで歩いて、そこから東海道を動画撮影しつつ近鉄富田駅まで歩いた。
夜メシは某寿司に行ったのだが、かなり早い時間帯にもかかわらず客が大量に居るのを見たら行く気が失せたので、桑名の某うどん屋さんの四日市の支店に行って、名物のはまぐりなどを食ってきた。
貝が開いたら食べ頃です。
東西に東海道が通り、北に保母道、南に西郡道と吉良道。けっこうな要衝です。
保母道も西郡道も知らなかった。吉良道は、同じく東海道から分岐する同名の道が藤川の松並木のあたりから分岐してて、道標があるのは知ってるが、この場所からも同名の道があるのか。
2017年の東海道の旅のとある日。この日は朝に戸塚を出発し、夕方に小田原に着く予定だ。
昼、茅ヶ崎一里塚に到達する。目の前に一里塚交差点があるが、ここを南に折れてすぐのところに「一里塚」という名の魚介の店がある。まさに街道旅に相応しき名だ。
出発前からこの店に行こうと決めていた。海の近くを通る東海道の旅なので、海の幸をいただきたく思って。