調査

ミニ輪之内町?

21:50:07
カテゴリ:資料館・博物館 | アイドル

先日、輪之内町の歴史民俗資料館に行ったことをこのブログに書いた。

資料館からはバスで大垣駅に移動したのだが、そのバス待ちの際に周りを散歩してみたら、面白いものを見つけた。それがこの写真。

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自分は初めての場所に行く前には地図で道筋や地形などをあらかじめチェックしている上に、資料館内では輪中の地図などをいろいろ見ていたので、この水の施設が輪之内町を表しているのだとすぐに気づいた。

で、2~3日ほど前にRoute258のyoutubeチャンネルを見ていたら、下記の動画がまさにこの場所で撮影されていることに気付いた。

こりゃいいねぇ。来年の春にはぜひ行きたい。



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輪之内町の歴史民俗資料館でもらった文化財の場所をGPXに入力した。

それプラス、下記のサイトの情報も加味して、GPXファイルを作成。

あとは、いつか現地に行って歩いて回るのみ。



e1sa1 at 22:27|PermalinkComments(0)

輪中の歴史の動画

22:02:38
カテゴリ:調査 | アイドル

先日、Route258のライブを見に海津市の平田公園に行ってきた。平田公園には宝暦治水の指揮を執った平田靱負(ゆきえ)の像がある。ライブの後には平田公園から歩いて輪之内町の歴史民俗資料館に行ってきた。

それ以来、ちょっと少しずつこの地のことを調べていて、昨日はすばらしい動画を見つけた。Route258の当時メンバーだったみかんちゃんがyoutubeのご自身の個人チャンネルで公開している動画なのだが、これが1時間ほどあって見ごたえがある。




e1sa1 at 22:02|PermalinkComments(0)

こないだの日曜日。初めて、お千代保稲荷に行き、輪之内町の歴史民俗資料館に行ってきた。というか、海津市と輪之内町に行くのが人生初で。最近は初めて行く場所の公営の歴史資料館などに行くようにしている。

さすがに名古屋からはけっこう遠くて、名鉄で笠松まで行き、竹鼻線・羽島線で終点の新羽島まで行き、さらにバスでお千代保稲荷まで行く形となる。去年から安八町には何度か行っているので、羽島からバスに乗るのもだいぶ慣れたw。

さて。自分はお千代保稲荷には以前からぜひ行きたいと思っていた。その目的はもちろん、参道の飲食店である。なまず料理やら串カツやら、魅力的な店がたくさん並んでいるわけで。たださすがに休日だと人が多いだろうから、人が集まる場所を避ける自分としては、ここには平日に行きたいなぁと以前から思っていて、いつか平日休みを取って昼間っから串カツでビールでも飲んでやろうと考えていたのだった。

初訪問が日曜日になるとは思いもよらなかった。というのも、この日この地を訪れる目的は串カツで昼飲みすることではなく、岐阜県の西部地方を拠点に活動しているRoute258というアイドルのライブを見ることである。ライブ会場がお千代保さんのわりと近くというわけだ。

時間もないので、お千代保稲荷の参道はそのままただ通過するだけだった。

参道を抜け、田んぼ道を歩いていると、会場となる平田公園にたどり着いた。ライブが行われるドームは遠くからでもよく見えるので、迷うことはない。

平田公園に着いて目立つのがやはりドームなのだが、そのすぐそばに銅像が立っている。銅像の傍らには「宝暦治水ゆかりの地」とある。銅像の人物は平田靱負(ひらたゆきえ)。宝暦治水に従事した薩摩藩の家老である。

この地は木曽川、揖斐川、長良川のいわゆる木曽三川に囲まれた地で、昔は大洪水を繰り返していた。江戸時代、幕府はこの地の治水を薩摩藩に命じたわけだが、その総奉行を努めたのが平田靱負だった。

以前自分は伊勢西街道(つまり中山道の関ヶ原から東海道の亀山をつなぐ道)を歩いたことがあって、その時は急いで歩いたので途中の資料館などは一切立ち寄らなかったのだが、しばらく経って街道を再訪した時に、上石津に差し掛かったあたりでゲリピーになってこれ以上歩くのはヤバいかなぁと思って、上石津で徒歩旅行を断念した。そのとき、近くの上石津郷土資料館に寄ることになったのだが、ここは戦国マニアにとっても非常におもしろい場所であると同時に、この地の旗本である高木家が治水を担当していることをくわしく紹介する資料館でもあった。

話を日曜日に戻す。アイドルのライブを見る合間に、ちょっと1時間ほど時間があったので、近隣の古い町並みと思われる場所を歩いてみた。

自分は初めて行く場所の地図を見る時、必ず古くからありそうな道を探す。目安は、きれいな直線ではなく両側に建物がたくさんならんでいるような道である。以前から安八町、輪之内町、海津町の地図を見ながら思っていたのだが、これらの地いかにも古くからありそうな道が通っているエリアがいくつかあるように見えるのだが、その距離は短く、しかもそれらが離れ離れに点在している。そしてそれらエリアの間には、いかにも新しく作られたような直線的で長い道がだーーーっと通っているのである。これもこの地が洪水を繰り返してきた壮絶な歴史があるからなんだろうなぁ、と想像していた。

アイドルのライブが終わったので、平田公園から輪之内町歴史民俗資料館まで歩いてみた。

資料館では治水の歴史を丁寧に教えていただいた。本当に感謝です。

江戸時代の地図を見ると、集落が大きな川によって分断されているような状態で、生活を守るための堤防を作るにしても、他地域よりも高い堤防を作ってしまうと今度は堤防の低い地域に水が流れてしまうので、そちらの地域との軋轢もある。難しい話である。ちなみに、どういうわけだか自分は、尾張藩が高い堤防に難色を示したことを知っていたので、ああこの話かぁというのを思い出した。

資料館はやがて閉館時間が近づいてきたので、大垣駅行きのバスに乗って帰ることにした。


夕メシは適当にそばを食って飲んだくれて帰りました。


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e1sa1 at 23:30|PermalinkComments(0)

安八梅まつりと、墨俣道(仮)

23:06:08
カテゴリ:想定ルート | アイドル

先週の記事[美江寺から墨俣への道]で書いた通り、昨日の日曜日には安八梅まつりと墨俣道に行ってきた。

ただ、事前の計画では先に墨俣道を歩いたあとにさらに美濃路を南下して安八百梅園まで歩く予定だったのだが、早く起きれなかったので、先に安八梅まつりに行って、蜂蜜★皇帝のライブを見たあとにバスで大垣駅に移動し、大垣駅からは樽見鉄道で美江寺駅まで行き、そこから墨俣道の想定ルートを歩いてみた。

墨俣道の詳しいレポートについてはまた近いうちにこのブログにまとめるとして、本エントリーでは梅まつりをメインに記録しておく。

まず、朝8時過ぎに某立ち食いきしめんの店で、春限定のそばを食う。

その後、名鉄に乗り換えて新羽島駅まで向かう。で、新羽島から徒歩で安八百梅園まで歩いた。道中では安八百梅園の方向を書いた看板が誘導しているので、まあ迷うこと無く歩くことができる。

安八百梅園に着いたら、そこにはもう満開の梅がたくさんあった。

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この日は朝方の気温は真冬並みに低かったのだが、昼までには気温がぐんぐんあがり、また現場では梅がたくさん咲いていて、まさに春の陽気になった。

あ、それと、この日は先日購入したばかりの今までに着たことのない素材のアウターを着ていったのだが、これが思ったより寒さに強かった。スポーツ用途で使えるものなので、これから晩冬から初春にかけての街道歩きでも活躍することになるだろう。

現場では屋台がいろいろ出ていたが、その中から「よもぎうどん」だったと思うが、それを頂いた。さわやかな味だった。

その後、梅を動画と写真で撮影し、会場を出て、「あすわ苑西」バス停まで歩いて名阪近鉄バスで穂積駅に移動。昨年も今年も名阪近鉄バスに乗る機会が多い。

穂積駅から隣の大垣駅に移動し、ちょっと駅の売店でおにぎりと飲み物を買って、樽見鉄道の電車に乗る前にそれを頬張る。

樽見鉄道の美江寺駅で降り、墨俣への道との分岐までは中山道を歩き、分岐点にある道標を撮影した後は墨俣への道を歩き始めた。

この道。道中は既に自分が知っている道標以外にも、石仏なども多く、思った通り古い道であることがわかった。

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墨俣城にたどり着いた後、城の目の前の橋を渡って美濃路に入り、バス停を目指した。このバス停に来るのは2週間連続だ。定刻通りやってきた名阪近鉄バスに乗り、大垣駅まで移動。17時直前を狙って某店に入り、17時からの夜メニューから好きなもんを注文したった。もちろん、街道歩きのスポーツドリンクも。

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シメにそばを食べたらけっこう腹一杯になった。

その後JRで岐阜駅に移動。岐阜では名鉄に乗り換えて金山までのんびり移動し、金山からJRと地下鉄を乗り継いで自宅に戻ったのだった。



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美江寺から墨俣への道

21:49:03
カテゴリ:想定ルート | アイドル

今朝、はちペラの3月のスケジュールが発表された。それによると、開催中の安八梅まつりで、3月3日にライブがあるという。

これはチャンスだ。というのも、西美濃地方に以前から歩いてみたい道があったのだが、あまりにも短い道で1日かけて歩くような距離でもないので、何かこの地方に用事があるついでに行こうかと思っていたので。

その道とは、中山道の美江寺から墨俣に通じる道である。そのポイントにある道標が↓これだ。

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「左 大垣 墨俣ニ至ル」と読める。

参考までにこの道標の別の面が↓これ。

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「右 大垣 赤坂ニ至ル」と読める。

どちらにも「大垣」があるが、右の大垣は大垣駅とかがあるあたりで、左の大垣は墨俣城があるあたりということだろう。

ちなみにgoogleマップではこの道標は「墨俣道分岐道標」と登録されている。

今回はこの墨俣への道を歩こうというわけだ。ルートは不明だが、まあ美濃路墨俣宿までの道は限られているので、想定ルートを作成するのは簡単だ。道中、十九条駅の前に道標があることも確認している。

この道を墨俣まで歩いたあと、美濃路に入り、結神社ちかくまで歩いたところで南下している古そうな道がある。この道をちょろっとストビューで見たところ、祠や石仏がいくつかあったので、おそらく古い道であろうと推察できる。当日はこの道も歩いて、梅まつりの会場である安八百梅園まで歩いてみたい。



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自分は金山駅と名鉄岐阜駅の間を年間20回は行き来している。それに加えて、JRで岐阜よりも西の大垣や関ケ原に行ったときも、帰りの電車は岐阜駅までをJRで移動し、岐阜で名鉄に乗り換えて特別車で移動している。自分にとってはJRの(名岐間の)早さと安さよりも名鉄の特別車のほうが価値が高いからだ。

そんな自分だが、つい最近になって、今回廃止される企画乗車券「なごや特割30」を使うようになった。使うきかっけを書いたエントリーが「節分の日、岐阜市へ鬼を訪ねてきた」で、そこには下記のように記した。

実はこの日始めて、金券ショップで「なごや特割30」を購入して名鉄岐阜駅まで行った。そういう切符がある事自体は知っていて、だけどいちいち金券ショップに行くのが面倒なので、いつも駅で普通通りのきっぷを購入していたのだが、先日よくよく調べてみると、豊橋~岐阜間はJRも競合しているので、両者ともにけっこうな値引き率のオトクな切符を発売しているわけで。自分は年間20回以上は確実に金山~名鉄岐阜間を往復するので、これをすべてオトクな切符で移動したとしたら、年間で数千円の節約になることがわかった。このあたりの考察はまた別の記事で書きたいと思う。

上記の記事を書いた3日後にこのたびの名鉄の決定がリリースされたわけである。寝耳に水だ。

それで、名鉄が昨年5月に国交省に許可申請し9月に許可された運賃改定と、先日発表された企画乗車券の改変により、自分の今後の活動にどういう影響が出るか、確認してみた。それぞれ下記のURLで内容を確認できる。


運賃改定による影響

まず金山~名鉄岐阜の運賃だが、改定前は620円で、改定後は690円とあるから、60円のアップとなる。

また、自分は復路、つまり帰りの名鉄岐阜から金山までは必ず特別車に乗るためのミューチケットを買っている。これも改定があるようで、改定前は360円だが、改定後は買い方やタイミングによって違いがあるようだ。

自分の場合は土休日の移動がほぼ100%なので、閑散時間帯割引料金の300円になるのかと一瞬喜んだのだが、注意書きを読むと条件が書かれていて、割引の適用は名鉄ネット予約サービスでの購入のみが対象とのことだ。自分は名鉄ネット予約サービスのアカウントを取得していないので対象外。改定後の基本料金450円が適用されることになる。

ただこれについては一考の価値がある。というのも、自分はアカウントを持っていないのだが、このシステムはアカウントを持っていないゲストも一応は利用することができるので、自分はいつも特別車に乗る直前にシステムにゲストユーザでログインし、これから出発する列車がどの程度混んでいるか、あるいはどの号車が空いているか、展望車があるかなどを、毎回毎回確認している。はっきり言ってアカウントを作ってしまったほうが良いに決まっているのだが、クレジットカードの情報をあちこちのサイトに登録するのをためらい、これまでアカウント取得しなかったのである。これを機に登録するというのも手かもしれない。というか、したほうが良いに決まっている。

というわけで、ミューチケットはこれまでよりも安くなるということか。

余談だが、特別車両券の車内精算料金が値上げしたのは実に好ましいことだ。これまではミューチケットを事前に買わずに特別車に乗り込んだとしても、検札のときにカネを払えばあらかじめ買った人と同じ値段で精算できたわけだが、こんなことが良いはずがない。今回の措置は、ミューチケットを買わずに乗り込む乗客へのペナルティになると同時に、ちゃんと買う乗客へのインセンティブにもなろう。

なごや特割30の廃止と名古屋・金山特別きっぷの新設による影響

なごや特割30は名古屋・金山と他の多くの主要駅への回数券だったが、今回大幅に有効範囲が縮小し、残ったのが名鉄岐阜、新木曽川、名鉄一宮の3パターンだけになった。

枚数は30枚セットだったのが10枚になった。

有効期限は開始日と終了日が固定された3ヶ月間だったのが乗車券購入日からカウントしての2ヶ月になった。

自分は金山から乗るので、仮に金券ショップではなく名鉄駅で10枚セットを買った場合は、1回あたりの運賃が420円になる。つまり270円お得だ。

問題はこれが金券ショップに出回るか、であるw。自分は金券ショップをほとんど利用したことがないのでよくわからないのだが、有効期限があることを考えると、厳しくなったと考えられる・・・。

金券ショップで入手できるとしたら、今までとはそれほど変わりもなくお得に移動ができるということになるが、入手できない、あるいは困難な場合はちょっと厳しいかもしれない。

その他

1dayと2dayが値上げしたのは痛い。しかも1dayは特別車に乗れなくなってしまった。値上げした上にサービスが低下するとは・・・。

ただ自分がこれらの切符を主に利用していたのは街道ウォークをする前のことで、街道ウォークをするようになってからは歩きがメインなので、名鉄で長距離を乗ったとしてもせいぜい数百円の区間を1往復する程度だ。夏や秋にウォークがメインでない移動をすることが数回あるので、まあ年間で言えば2~3回使うか使わないかと言ったところだ。なので今回の変更はそれほど大きな影響は無いと言える。


以上いろいろと見てきたが、まあ金券ショップで切符が買えなかったとしても、ミューチケットの値下げ分があるので、まあなごや特割30を使い始める以前よりかは安くなるということにはなる。そう気落ちすることも無いだろう。



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千種越と伊勢東街道のGPXを作成

22:25:27
カテゴリ:調査 

昨日は千種街道、本日は伊勢東街道のGPSファイルを作成した。

千種街道は歩いてみたい街道だ。

伊勢国から近江国に抜けるには鈴鹿山脈を越えなければならなくて、そのルートの一つが千種越である。

昨年、三重県の公式Webサイトで面白いものを見つけた。そいつをリンクしておく。

この説明の中に、千種越をした記録の中に1570年の織田信長があるとのことだが、これがかの有名な、杉谷善住坊に狙撃されたやつだ。千種越しの最中に撃たれたらしい。弾は信長をかすめた程度で大事には至らず、逆に杉谷善住坊は指名手配。捕縛され、竹製のノコギリで時間を掛けてなぶり殺すという刑に処せられたそうだ。

そして、伊勢東街道。これも「歴史の道調査報告書」をもとにルートを作成したのだが、この報告書は都道府県単位で作っているものなので、関ケ原から国境までは岐阜県側の「伊勢東街道」と、国境から桑名までは三重県側の「美濃街道」をもとに作成した。

実は桑名からの美濃街道は2度ほど歩いたことがあって、1度目は養老で天候不順で断念し、2度目は美濃国に入ってからは関ケ原ではなく大垣に向かうルートで美濃路に合流した。

さて。両県の資料をもとにルート作成するにあたり、うーんと思ったことがある。美濃街道の終点と伊勢東街道の終点が微妙に違う点だ。仕方がないので、両点を単純に線で結んで繋げることにした・・・。

実際に歩く時は、美濃街道(桑名から関ケ原)ではなく、伊勢東街道(関ケ原から桑名)として歩きたい。



e1sa1 at 22:25|PermalinkComments(0)

下街道を歩いている時いつも迷う箇所

21:53:27
カテゴリ:調査 

先日、下街道を散歩したのだが、あいかわらずある箇所でどちらに行くべきか迷った。

なぜ迷うか。自分の記憶の中には、あるポイントを左折するよう記された資料と、まっすぐに進むよう記された資料の2つがあるからだ。

そのポイントとは、土岐高山宿で、バロー土岐店を過ぎて北上する交差点である。

具体的には下図で、緑色のルートかピンク色のルートのどちらかだ。

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では、地図を公開している各サイトでは当該箇所がどうなっているか、確認してみる。

まずはNetwork2010。下街道 土岐市のページに地図があって、緑色ルートとなっている。地図中の当該箇所に直リンするとこれ。著作権の関係上、地図は掲載しません。


次に、当該箇所の自治体である土岐市が「広報とき」に下街道の地図をPDFで公開しているので、当該箇所を拡大してみると、これはピンクのルートだな。

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ちなみにgoogleマップは緑色ルートのようだ。


他にも調べたところによると、ちまき亭さんの下街道地図は緑色ルートのようだ。

そして、現地のピンクの道に入ってすぐのところに、下街道サミットの看板がある。この看板の場所が絶妙で、緑ルートに入るなと言わんばかりの位置に立ててあるのだ。

なるほどなるほど。

確かこのあたりって時代によって道が変遷しているので、もしかしたら両方とも下街道の正式ルートなのかもしれん。

個人的には、ピンクルートのほうがなにか古さを感じる景色なので、好みかな。



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西中野渡船だと!?

22:34:06
カテゴリ:調査 

昨日のエントリーで、最近はアイドルのフリーライブに行くのが週末のメインになっていると書いた。

その中で、今週末の会場となる場所ちかくの街道を調べていたところ、とんでもないものを見つけてしまった。

会場に行くには「竹鼻街道」を歩くのが良さそうなのだが、その竹鼻街道と呼ばれる道にもいくつかあり、自分が知っているルートの他に、知らないルートがgoogleマップには記載されている。

自分は毎日googleマップを見ているので、ときどき街道の情報が新たに追加されているのを発見することがある。このgoogleマップに書いてある竹鼻街道は、自分の記憶が正しければ、ここ1年ほどで追記された情報のはずだ。

ちなみに自分が知っているほうの竹鼻街道は、美濃路の「冨田一里塚」ちかくで分岐する「駒塚道」と接続する道である。下の写真は美濃路と駒塚道の分岐点で、道標には「左 駒塚道」と書かれている。

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駒塚道 道標

こちらのルートは歩いたことがあるので、今週末はどうせなら知らない道を歩いてみようかと思い、スタート地点に行く公共交通機関が無いものかと探していたところ、見つけたのが、件の「とんでもないもの」だ。

木曽川の、東海道新幹線が掛かる橋から2.3キロほど下流のところに、なんと渡し船があるではないか!

「中野の渡し」と呼ばれる渡し場で、愛知県一宮市から岐阜県羽島市に船で、しかも無料で渡ることができるというから驚きだ。

そういえばこの場所には苦々しい思い出がある。前述の(駒塚道からの)竹鼻街道を歩いたときのことだ。美濃路から駒塚道に入ってすぐ、木曽川を渡る必要があるのだが、「駒塚の渡し」には橋も船もない。そこで一番近い橋を探して渡る必要があるのだが、その橋というのが東海道新幹線とそのすぐ横の車道で、いざ近くに行ってみると、新幹線の橋は人が歩けないのは当然として、車道のほうはと言うとこれが高速道路で、歩行者の往来を一切受け付けないというガチのクソ仕様の橋だったのである。

腹が立った自分は悪態をつきながら、結局、美濃路に戻って上流側の濃尾大橋を渡り、岐阜県に入ってからふたたび駒塚道に入るというカスみたいな代替路を行かざるを得なかった。駒塚道~竹鼻街道は、美濃路よりも早く大垣に行けるショートカットなはずなのに、である。

今思えば・・・当時この渡し船の存在を知っていれば、この代替路を選ばなくて済んだ。

この渡し船。調べたところによると、現在建設中の新濃尾大橋(仮称)が開通した際には、渡し船はその役目を終えるという。木曽川最後の渡し船が・・・。

これは是が非でも乗るしか無いだろう。

こうやって新たな視点で見つけることができるのも、本来とは違う目的でルートを探しているからだ。はちペラに感謝。



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