ガチの旅行記

中山道の上松~藪原を歩いた

23:03:24
カテゴリ:ガチの旅行記 

こないだの土曜日、5月25日は、中央線の臨時列車で上松駅まで行き、そこから藪原までを歩いた。

中央線臨時列車の映像は近いうちにyoutubeでうpする予定だ。

臨時列車のすっ飛ばしぶりは爽快そのもので、終点の中津川まで列車は一気に駆け抜けた。

中津川駅では次の松本行きの列車が来るまでに時間があったので、朝食の2食目を駅舎内の立ち食いの店「根の上そば」で食べようと思っていたのだが、店は開いていなかった。開店は10時らしい。うーん、以前はもっと早い時間帯からやっていた気がするのだが・・・。

しかたがないのでベルマートキヨスクでおにぎりなどを買った。

松本行き列車の出発時間が来たので、乗り込んだ。車内はけっこう空いていた。

上松までは車窓を見ながらのんびり過ごす。木曽路の普通列車旅は良いものである。

体感的にあっという間に、今回の徒歩の出発地点である上松に到着した。ここから歩き始める。

ここを出発地点に選んだのは、前回の木曽路旅のゴール地点がここだったからだ。

その前回というのもだいぶ昔の話で、2022年の5月だった。その日は三留野から上松まで歩いたのだが、途中にGPSロガー「eTrex30x」をガケの下に落としたという苦い思い出がある。この日のことは忘れもしない。

それは良いとして・・・。いざ上松から歩き始める。

が、福島までの間で、ちょっと体調が悪くなった。胸騒ぎのような感覚があった。去年の猛暑の時期に似たような状態になって、循環器系を中心にいろいろな検査を行ったが、結局内臓で悪い場所は見つからず。今になって思えば自律神経の乱れだと思っているのだが・・・。

やや不安を抱えながら、そういえば水を飲むと良いということで、途中で水をごくごくのんだ。そのおかげか、木曽福島の駅前に付く頃には、すっかり良くなった。

それでも大事を取って木曽福島から東へは歩かないようにして午後からは木曽福島観光と電車旅に切り替えようかと迷った。木曽福島観光と、その後に電車で奈良井に移動して観光。それでもいいじゃないか。

そう思いつつ、駅前の蕎麦屋で山菜そばを食べた。卵トッピングでw。

蕎麦を食べ、店を出て、さあ木曽福島観光だ、と思ったが・・・ここで徒歩旅を辞めるのは、極めてもったいないという思いがした。そもそも、体調は完全に復活した。猛暑ならともかく、今日は天候も抜群に良い。などと、少しの逡巡を経て、再び徒歩旅を継続することに決めた。

福島の関所を超える。

思えば上松より東を歩くのは2018年に歩いた時以来なので、なんと6年ぶりになる。岐阜県内の中山道はけっこう何度も歩いているのだが、やはり木曽路ともなると電車で気軽に行けるわけではなく、それなりに準備と気合がないとダメで。だからこそ歩いたあとの充足感はでかいのも大きい。

ゴールの藪原に着いたとき、SLを見たり水を飲んだりして次の列車を待ったのだが、列車が来る直前になって、駅からしばらくのところに漆器店があることがわかった。

実は今回の木曽路旅の目的の一つに、木曽塗の箸を買うことがあった。というのも、自宅の箸がダメになってからというもの、アウトドア用に買ったチタンの箸を日常的に使っていて、さすがにこれは日常使いするものではないと思って。

今回のコース中で店がある場所といえば木曽福島ぐらいなのだろうが、木曽福島では買い物のことはすっかり忘れてしまっていたのだった。

藪原駅に列車が着くのは10分後。さすがに漆器店までの往復と現地での熟考には間に合わないと判断し、箸はあきらめることにした。

が。。。藪原駅のすぐ上に、道の駅があるではないか。ここならお土産が売ってるのではないか?

そう思い、崖に整備された階段を一気に上がり、道の駅に入ったところ、お目当ての品が見つかった! シンプルな木曽塗の箸がセットで入ったものが。こういうのが欲しかったんだよ。

その箸セットに、おやきも買って、崖を下って、やがてやってきた中津川行きの電車に乗り込んだ。

車内はそれほど混んでいなかった。18きっぷのシーズンを避けるというのは、旅を快適にするための重要な条件だろう。

次の駅ぐらいで席に座れたので、さっそく買ってきたおやきをいただく。店の人は温めたほうがおいしいと言っていたが、時間がなかったのでそのまま持ち帰った。つまり常温で食べたのだが、フツーに美味かった。

で、道の駅で買った箸もあらためて電車内で見ることにした。道の駅で買ったとは言え、レジの人は箸をビニール袋ではなく漆器店のロゴが入った封筒のような紙袋に入れてくれた。ロゴに入った店の名前を見て、ハッと思った。さきほど行くのを諦めた駅だった。なんという偶然と幸運・・・。その店は藪原と奈良井にあるようだ。

電車は自分が歩いた場所を戻るようにして木曽路を南下する。

さて。今回の旅にはもう一つの目的がある。それは、中津川駅前のにぎわい物産館で「ねぶ茶」を購入することだ。自分はいつもこれをまとめ買いしているのだが、長らく中津川には来ていなかったので、もうずいぶん飲んでいない。

幸いにしてにぎわい物産館は18時までやっているので、列車が17時過ぎに中津川駅に到着しても店はやっている。

ねぶ茶のすぐ近くに、後藤製茶さんのお茶も売っているので、もちろんそれも購入した。

その後、今回の旅の目的の3つ目。鶏焼肉である。この店もだいぶ久しぶりだ。東濃地方や木曽地方に行ったときには毎回寄る店で。

肉を食ったあと、木曽の酒を買って電車で名古屋に戻った。良い一日ですたw。


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この夏は体調不良でまったく街道歩きができなかった。

いや。この夏のみならず、昨年末あたりから、やや街道歩きにも飽きてきて、かつ、名古屋周辺の街道はコースが判明しているものはほとんど歩き尽くした感があるので、モチベーションが下がっていて、名古屋周辺の街道はほとんど歩いていなかった。

9月に入ってようやく体調も整ってきたので、この土曜日の昼過ぎから、リハビリを兼ねた灼熱チャレンジに行くことにした。まだ暑いうちに・・・。

灼熱チャレンジとは言えリハビリなので、鳴海宿~宇頭駅あたりの20kmほどを歩こうかなと思ったのだが、出発タイミングが遅れて、結局は中京競馬場前駅~牛田駅までの十数キロを歩くことになった。

昼過ぎに、某立ち食いきしめん屋でそばを食らう。

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自分は飲食店に入ったときは、できうる限りソーシャルディスタンスを保つような席に座ろうとするのだが、この店の何が気に入らないかって、奥に詰めて客同士を隣に配置する点だ。空いてる場所に行っても店員が「こちらにどうぞ」などと言って、一箇所に客を密集させるのである。そちらのほうが店員の移動が少なくて済むからなのだろう。名古屋はDQNが多いから他人とは距離を開けたいところなので、こういうやり方はストレスが貯まる。こちらにどうぞなどと言われても、一度拒否してやりたい思いだw。

金山でJRから名鉄に乗り換えて、中京競馬場前駅で下車する。

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そうそう。この日はD7500は使えないので、D50を引っ張り出してきて十数年ぶりに使ってみた。このブログ記事のすべての写真はD50によるものである(しかも、後述するように設定をミスってて、すべてISO800で撮影している・・・)。

さて。駅のすぐ目の前に東海道が通っているので、そこをスタート地点とする。GPSウォッチInstinct2の記録を開始させ、ハンディGPSのeTrex32xの統計をリセットし。歩き始めた

前後駅の近くに↓このような道標が・・・。今まで見逃していた!

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そのままじゃんじゃん歩いていく。

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体調の方だが、なるべくこまめに水分を摂取し、途中の駅でトイレに行くぐらいのペースで水を飲んだ。今川町に差し掛かったときに心拍数が120近くまで上がってやや焦ったけど、すぐに元に戻って苦しい思いをせずに済んだ。

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久しぶりに東海道を歩いて、思ったことがある。「街道歩きはやっぱり楽しい」ということだ。

昨年末あたりからマンネリ化してモチベーションが下がったことは確かだが、ここ2ヶ月ほどの体調不良で、この先自分は街道ウォークができるように回復するのだろうかとやや不安になったこともあり、また街道ウォークに行きたいと思いながら1~2ヶ月を過ごしてきた。初心に戻ったようなものだ。


さて。15時半ごろに牛田駅に到着し、16時過ぎのバスに乗って某所に移動した。メシのためだけに移動するのも俺様流である。

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メシを食ってバスで名鉄の駅に行き、そこから特急列車で名古屋方面に戻る。その車中、D50の写真をチェックしていると、なんとISO800で撮影していたことに気づいた・・・。なんてこった・・・。



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大和街道その1:関~伊賀上野

21:35:09
カテゴリ:ガチの旅行記 

昨年末から三重県内の街道を歩いている。

今回は三重県から奈良県に向かう「大和街道」を歩くことにした。

大和街道のスタート地点は東海道関宿で、ゴールは奈良。初日は中間地点である伊賀上野まで歩けば良い。

そういうわけでGPSトラックを作成し、eTrex32xにそれを入れ、当日の朝を迎えることとなった。

ザックを担いでギリギリの時刻で自宅を出発し、最寄り駅に走って向かう。名古屋駅までは地下鉄で移動し、名古屋駅からは亀山行きのJRで移動。亀山でさらに乗り換えれば次の駅が関駅である。

名古屋駅までは順調だったのだが、名古屋駅の関西線ホームに上って、異変に気づいた。乗り換え検索でヒットした列車が無いのである。ちゃんと10月1日で検索しているのにどういうことなんだろうか。おそらくは2023年とか2021年とかの違う年で検索した結果、平日ダイヤを探し当ててしまったんじゃないか、と。

おかげで予定?よりもかなり遅れた関駅到着になってしまう。何よりも亀山駅での乗り換え時間が長いのは痛い。

しかも亀山駅で降りてみたは良いものの、駅前の鳥居がなくなってるわ、トイレに行きたくても駅のトイレ以外は駅前に無いわで、結局何もせずに次の乗り換えまでただただ駅前を歩いただけになってしまった・・・

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JR亀山駅前

なんつーか、前途多難だ。

その悪運はこの後、歩行中の体調にも現れてしまう。。。

さて、早朝の関宿は何度か来ているのだが、やはり何度来ても美しい。

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関宿の風景1。

関宿にはちょっとほろ苦い思い出があって、ここに来るとそのことを思い出してしまう。まあ、その話はいつかこのブログに書こうかと思っている。

さて、宿場町を西に歩き切ったところに、西の追分がある。ここが東海道と大和街道との分岐点だ。大きな街道の分岐点らしく、↓のような立派な道標がある。


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道標
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道標

「南無妙法蓮華経 ひたりハいか やまとみち」と書かれている。伊賀を目指すのでここは左へ向かう。

追分で東海道から大和街道に入ってすぐ、このような川が。

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水が綺麗だ。

川を越えてしばらくは心も体も軽やかだったのだが、歩いていくうちに体がだんだんきつくなってきた。例の持病が出てきたのである。

このとき正直、次の最寄り駅でリタイアするべきという考えが頭をよぎった。こんなコンディションじゃ、とてもとても四十キロ先の伊賀上野まで行けるわけがない。

ただリタイアするにも最寄り駅までは自力で歩かなければならないわけで、最寄りのJR加太駅まではけっこう距離がある。なんとかたどり着ければ良いのだが・・・

不調はGPSウォッチの使い方にも現れた。今回の旅はeTrex32xとInstinct2の2台体制でGPSログを取ると同時に、Instinct2にも同じトラックファイルを入れておいたのでナビ機能を使えるはずが、軌跡を表示しても自分が歩いているはずの場所に線が表示されない。正確には、登録した大和街道とは違う場所を自分が歩いているように見える。なんなんだこりゃ・・・

あとで分かったことだが、Instinct2でアクティビティを開始する前にGPS測位をせずにいきなり開始していたようで、自分が今どこにいるかわからない状態で記録を開始してしまったようだ。。。

いろいろと残念なことになりながらも、加太駅に近づく頃には体調がかなり良くなってきた。ああ助かった。旅を続けられる。

ただ、もうひとつ問題があった。水の確保である。かつて街道旅行中に深刻な水不足を2度経験したことのある自分は、知らない道を歩くときにはどこで水が確保できるか分からんので自販機を見つけたら必ず予備の水を買うようにしているのだが、この日はどうも別のことに気を取られていたらしく、関駅でペットボトルを買うのを忘れてしまっていた。そして、西の追分から加太駅に着くまでにひとつも自販機が無い。

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お地蔵様にあげる水もない。

これからの長旅を考えれば、加太駅で水を確保しなければ大変なことになる。是が非でも水を多めに確保したいところだ。まあ、田舎とは言えさすがに駅前ぐらいは自販機のひとつやふたつはあるだろう。

そう思っていた自分が甘かった。

加太駅には自販機のジの字も無かったのだ。

そしてこれも後で・・・正確には帰りの電車の中から見てわかったことだが、駅前の自転車置き場の中に自販機があるようで、自分が歩いてきた場所からはそれが見えなかった。あー、人目につく場所に置いてほしいもんだ・・・。

自販機がなかったので仕方なくトイレの水道で喉を潤して、加太駅を後にした。

そして運がよいことに、加太駅を出て少しのところで自販機を見つけたのだった。ちょっと前まで商店をやってたような雰囲気の店の前に自販機があったので、ありがたく何本か買わせていただいた。これで旅が続けられる。

水を確保して元気になったのでどんどん歩く。しばらくすると、このような橋が!

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こりゃあすごい。柵もガードレールもない。酔っ払って歩いたら川に落ちるかもしれんで。橋の上から川を見ると↓な感じ。

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美しいよー、美しいよー。

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川を渡ってちょっとのところに大和街道の案内板があった。

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途中で道標を見つけたのだが、上がポッキリ折れていて何が何だかわからない・・・。

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歩いているととても良い香りがすると思ったら、キンモクセイの大木が。

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さて。大和街道を歩いていると、けっこうな頻度で石仏に出会う。

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歩いているうちに昼の時間帯に突入してくる。目の前には鴉山池という大きな池が広がっている。道中に店がないことはあらかじめわかっていたので、池のすぐ近くで、カバンに入れておいた賞味期限切れのカロリーメイトを食うことにした。


味気ない昼メシを終えて、すぐにまた歩き出す。

池を越えてしばらくのところで旧道は国道25号線から分岐し、柘植の街中に入っていく。

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↓家康ゆかりのお寺:永徳寺ちかくの分岐点にて。ちょっとしたスペースに案内看板と道標がある。

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このあたりでやや疲れてきたので、道の脇を流れる水とその中に棲むカワニナを眺めながら、休憩する・・・。そういえば最近はあまり歩いていなくて、長距離を歩くのはかなり久しぶりだった。

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ちょっと休憩して、また別の場所でも休憩して、のんびりと伊賀上野に近づいていく。

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伊賀上野の市街地のちょっと手前。

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市街地に入る直前には、立派な道標が。

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そしてこの日のゴール地点である、伊賀街道との分岐点に16時34分、到着した。

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これにて大和街道の前編の旅は終了になる。後編は伊賀上野から奈良のゴール地点までとなるが、三重県内のルートは詳細がわかっているのだが京都府内と奈良県内のルートが未だよくわからない部分があるので、後編を歩くのは少し後の、おそらく年明け以後になるだろう。

ホテルに向かう途中の道に、このような横丁が。

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そして、17時の早い時間帯での夕飯は伊賀牛を。

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夕食後は外が暗くなったので、夜の伊賀上野の町を歩いてみた。夜もまた風情があって良いので写真撮影などをし、ホテルちかくの酒屋で地酒を2本ほど買って、部屋に戻って飲んでみた。

一日中歩いてきたのに全然眠たくならなかったのには困ったw。



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本エントリーは伊勢西街道を歩いてきた。2日目:伊勢治田~亀山の続きになります。

15時半ごろに井田川駅からのJRに乗り、某駅まで移動する。そこからは徒歩で、某店までやってきたw。

私がなぜ街道歩きを、夜明け直後の早い時間帯から始めて、15時という冬でもまだ明るい時間帯に終えるのか。それは、夜メシを食う際にまだ客の少ない早い時間帯に食いたいからである。

まずは街道歩きで失われた水分を、街道歩きのスポーツドリンクで補う。

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街道歩きのスポーツドリンク。

回転寿司屋だけどサイドメニューをいろいろ頼むことにする。

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なんか揚げ物ばかりになってしまった・・・。

以上、2日間で伊勢西街道(関ケ原~亀山)を歩いてきたわけだが、この道の名は美濃国の側から見た名称で、伊勢国の側からは同じ道を「巡見街道」と呼ぶ。今回は美濃国から伊勢国に向かったので伊勢西街道と称し、一連のエントリーを書いてきた。

1日目のエントリにも書いたとおり、積雪のせいで正規ルートを通れずに代替ルートを通った区間がけっこうあったので、春になったらリベンジを行う予定である。その時は、伊勢西街道を歩くか、巡見街道を歩くか、気分で決めようと思うw。



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このエントリは伊勢西街道を歩いてきた。1日目:関ケ原~伊勢治田、および伊勢西街道を歩いてきた。1日目番外:四日市とんてきからの続きになります。

四日市の宿で目が覚めた。朝食付きのプランだったが、それを頂くこと無く、前日に買っておいたパンを部屋で食する。ちなみにだが僕はパンというものを1年に数回しか食べない。炭水化物はだいたい米がメインで、ときどき麺類を食う。ではなぜ珍しくもパンを食べたかと言うと、前日夜にスーパーでおにぎりを探したのだが、なぜか売り場には1個もなかったからだ。年末の特別な時期だからだろうか。

宿を出て、近鉄四日市駅方面に向かう。まだ5時過ぎの駅には、夜通し飲み明かしたと思しきDQNがたむろしている。コロナのこの時期によくもまあご苦労なこった。

四日市を5時半過ぎに出る列車は、始発の次の電車になる。これに乗って近鉄富田まで行けば、三岐鉄道三岐線の始発に接続できるわけだ。この始発に乗れば、6時半には、前日の終了ポイントであり本日の開始ポイントである伊勢治田駅に到着する。日の出が7時なので、日の出前から行動開始ができるわけだ。っつーか、泊まりの長距離旅行でこんな早くから行動したことなどないw。

富田駅を出た頃は外は真っ暗だったが、伊勢治田駅に近づくにつれ、遠く地平線のあたりにほんのうっすらと明かりが見え始めた。そして伊勢治田駅に着いた頃には、朝焼けが近づいてきた。

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切符は車内で回収されたので、駅の改札はそのままスルーする。改札では昨日の黒猫ちゃんが、まだ寝ていた。

身支度を整え、いざ、スタートする。

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少しずつ、明るくなってきたかと思うと・・・

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燃えるようなものすごい朝焼けが東の空を燃やす。

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道標を見つけた。現地では判読不能だったが、この写真を見てもやはり判読不能であるw。「右 治田」「左 滋賀縣」みたいなことが書いてあるような気がする。

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朝焼けが背中を照らす。

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これも道標。判読不能w。「左 三重郡」「右 右丹生川村」みたいなことが書いてあると思う。

と、調べてみたらこういう記事があった。

ここからは、一心不乱にどんどん歩く。

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↓ちょっとこの雲行きは怪しいが、ここ数週間、このあたりを歩いた経験上、周囲の山の天気はこういうもんだと思えるようになってきた。おそらく街道を歩いている限り、雨に降られることはないだろう。たぶん・・・。

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↓とんでもない大きさの常夜灯を見つけた。僕が見た中では、伊勢別街道で見たものの次ぐらいに大きい。

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このあたりまで来るとようやく積雪が少なくなり始める。

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ようやく、積雪がほとんどない場所にまで南下してきた。っつーか前日は積雪のおかげで正規ルートを通れずに代替ルートを通る区間が多かった。まったく街道歩きにはなっていない。雪が溶けたら必ずリベンジしようかと思っている。

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昼メシに少し早い時間帯に菰野にたどり着くので、あらかじめ決めておいたスーパーで弁当を買う。

その店にはいろいろな種類の弁当が並んでいたが、伊賀米を使ったものが多いのはありがたかった。その中から、鶏を使ったものをえらんだ。

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ちなみに、この日は夕方の早い時間帯にメシを食う予定なので、それにあわせて昼メシも早い時間帯に食った。

道中ではのんびり写真やら動画を撮影していたおかげで、ペースダウンしていたので、昼メシを食ったあとは、亀山に向かってかなり急いで歩いた。あまりに急いだので、写真があまりないw.

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ゴールは亀山にある東海道との分岐点だ。15時にたどり着いた。

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本来の予定だとゴール地点にはもっと早く着いて、そこからは東海道を歩いて亀山駅か井田川駅まで行くはずだったのだが、歩いていてはさすがに15時半ごろの電車に間に合わないので、ゴール地点から井田川駅まではタクシーで移動した。



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伊勢西街道を歩いてきた。1日目:関ケ原~伊勢治田からの続き。

15時48分発の近鉄富田行きに乗り、近鉄富田から近鉄四日市に乗り換えた。予定よりも1本遅い列車だったが、目標としている17時前には四日市にたどり着く。飲食店は17時に開くことが多い。17時のオープン直後に入れば店は高確率で空(す)いている。最近の僕はこれを狙っているわけである。

近鉄四日市に着いた。が、さすがの四日市。人が、多い。人が集まる場所が嫌い、いや、人間そのものが嫌いな私は、ややうんざりしながら、事前にリサーチしておいた店や、飲食店の多いエリアをいろいろ見て回る。

ちなみに私は以前、↓こういう路地裏の写真を撮るのが趣味で、そういうブログもやっていた。

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この日の目標は「四日市とんてき」だ。んで、これを出している店があるので、その前まで行ったのだが・・・、この日は年末で休みだった

仕方がないので、町を歩くことにする。事前に調べた店以外に良さそうな店はないかも含めて、いろいろ探すのだが、17時直後の早い時間帯にも関わらず、入っている店には客がけっこう入っているではないか。

四日市のアーケード商店街は東海道が通っているが、そこを中心に周囲をぐるぐると30分ほど歩きまわって、決めた。ここは「困ったときのゑびすや」発動だ。

実は夏に東海道を歩いたときも、四日市宿で昼メシ時に入ろうかという店が無くて困っていた中、「東京おぎくぼラーメン ゑびすや 四日市店」さんは客の回転が良くてコロナ対策もされていたので、入った次第である。・・・。

店は年末限定メニューにもかかわらず、ちゃんと、四日市とんてきは存在するので、欠かさず注文する。

まずは、街道ウォークで失った水分を補給するスポーツドリンクを。

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街道歩きのスポーツドリンク

ハーフサイズの炒飯でも、けっこう入っています。

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ラーメン屋の定番。餃子。

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そして主役の、四日市とんてき。街道ウォークで失った栄養素を補給するにはとても良い。

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年末の12月29日~30日で、2日間かけて、伊勢西街道を歩いてきた。伊勢西街道とは、中山道関ケ原宿から東海道亀山までをつなぐ街道である。この街道は「島津の退き口」で知られている。関ケ原の戦いで島津軍は西軍に属していた。しかしその西軍は小早川の裏切りが主因で敗北する。このとき島津軍は東軍に取り囲まれる陣形になっていた。そんな中、あろうことか島津義弘率いる300兵は東軍数万の中を敵中突破し、最終的に薩摩に帰還するのだが、そのときに駆け抜けた道がこの伊勢西街道なのである。

実はこの街道を歩きたいと思ったのは12月初旬だった。距離は80キロほどなので、土曜日と日曜日の2日間あれば踏破できる。それで週末が近づくたびに天気予報とにらめっこしていたのだが、土日のどちらかが雨となる週末が2週続いた。

断念した2度の週末では、伊勢西街道ちかくの街道である濃州道や菰野道を歩いたのだが、この2度の街道旅行で、員弁や菰野の天候の難しさを知った。天気予報で三重県下の他の地域が晴れでも、員弁や菰野だけは雨というケースが多いのだ。実際に濃州道を歩いていると、北の空や東のわりと近くに見える山肌近辺がえらく曇っているかと思えば、視線を南の遠くに向ければ空が明るかったりするのである。

そして12月の年末休み中に、2日連続晴れそうな日がやってきた。3度目の正直というわけだ。

当日朝、名古屋駅に移動し、キヨスクで具だくさんオニギリを2つ買って、ザックに入れた。現地は店が少ない上に、年末年始でやってないことを考慮して、昼メシを持参するというわけだ。

その直後、米原方面への列車に乗ったのだが、大垣で乗り換える頃にウ○コがしたくなってきた。しかも、電車が関ケ原に近づくにつれ、外の雪景色がみるみるうちに深くなってきた。前途多難というやつか。

積雪に関して言えば、関ケ原あたりの気候は東海地方と言うよりも湖北地方のそれに近いと思っている。自分は北陸の人間なので名古屋から越前に抜ける列車を冬に何度も乗っているので知っているのだが、関ケ原から長浜あたりはかなり雪が降る…。特にこの数日前、寒波により滋賀県の国道8号線が立ち往生したり、彦根でとんでもない積雪を記録した。あれからまだ数日しか経っていないわけで、そりゃ、関ケ原も積もってるわ・・・。

駅で○ンコを済ませて、観光交流館の洒落た建物にあるベンチで身支度を整える。駅前の温度計は-3度を指していた。日本気象協会の予報が完全に当たった格好だ。

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マイナス3度www

交流館からすぐ南のところにある交差点が伊勢西街道の開始地点だ。

8時4分、伊勢西街道の旅行をスタートした。

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街道のスタート地点は除雪がしてあって、ゆっくりなら歩ける。それにしても住宅地でこの雪ということは、、、住宅のない旧道など大変なことになっていることは簡単に予想できる。この時、シューズに装着する滑り止めのスパイクを持ってこなかったことを後悔した・・・

住宅地を抜けると烏頭坂があり、島津の旗が見えてくる。島津豊久がここで殿を務めたんだっけか。

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その後も旧道を歩く。ありがたいことに、しっかり歩けるほどに除雪がされている。

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牧田郵便局を右折してしばらくすると、旧道が消失しているので、代替ルートとして国道365を歩く。ただ、この道の歩道は雪が深く積もっていて、まったく歩ける気配がしない。仕方がないから歩道からはみ出て車道の端を歩くことにした。

ちなみにこのあたりで伊勢東街道が分岐する。こちらは島津義弘の本隊が駆け抜けた道で、西街道のほうは「捨て奸」戦法で徳川軍の追手を迎撃した島津豊久が通っている。

さて、下の写真の祠がある場所のあたりから旧道は国道から外れる上に、ルートが良くわからず、しかも外れた先は雪に覆われている。仕方がないのでここから先は、国道などの太い道を代替ルートとして選んで歩くことにした。

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代替ルートの国道をしばらく歩いていくと旧道が再び接近してきたので、そこの積雪具合を見たところ、きれいに除雪されていたのでそちらへ向かう。

しばらくすると加登谷旅館の向かい側に、立派な常夜灯が。目の前にはなんと門松が建てられている。正直このとき、積雪のせいで旧道のルートを正確になぞることができず、歩く日を間違えたなぁと後悔していたのだが、しかしこの門松は大晦日ちかくじゃないと見れないものだ。悪いことがあれば良いこともある。

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常夜灯を撮影したら、また歩き始める。

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どんどん歩いていると、右側に大木が並んでいる大きな神社が。 大神神社だ。

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大神神社

大神神社を過ぎる。

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そろそろ早目の昼メシといきたいところだ。どこか一休みできる場所に腰を下ろして、ザックに入ってる具だくさんオニギリを頬張りたいところなのだが・・・公園など一休みできそうな場所は雪に覆われていて一休みどころじゃない。しかし食いながら歩くのも貧乏くさくて嫌だ。これはもう、座れる場所があるところまで、根気よく歩くしかない。地図を見てみると、この先しばらくのところにかなり大きな公園があるようで、この大きさなら除雪されている可能性は高い。とにかくそこまで歩くことにした。

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雪を見ながら歩く。歩く先には小鳥が飛んでいて、まるで私を誘導しているかのように、飛んでは道に留まり、また飛んでを繰り返している。

ふたたび風情のある道にたどり着く。

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風情のある道を抜け、風情のない国道に合流し、しばらく歩いていると、ようやく公園にたどり着いた。公園の池は凍っていたwwwww

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なんだよ、その水面はw

緑の村公園というらしいが、どう見ても白の村公園である。が、いずれにしても貴重な休憩場だ。駐車場の近辺が除雪されていたので、そこで荷物をおろし、持ってきた具だくさんなオニギリを頬張った。イスがないので、座って食うのは諦めた。立ち食いだ。

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この時、北の方の空が少しずつ暗くなってきた。いやーな重苦しい雰囲気である。もしやと思って降雨レーダーの画像を見ると、、、すぐ近くで雨が降っているような気配が…。にしても、実際に周囲を見渡しても降ってないし、国道を走る車を見下ろしてもワイパーを動かしている車は居ない。このまま天気が持てば良いのだが…

具だくさんオニギリを2つ食ったあと、トイレを済ませ、移動を再開する。しばらくすると旧道に分岐する。こちらは除雪がされているので歩くことに。

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↓こんなんじゃ、常夜灯に何が書かれているかも分からないよw

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メシ休憩後は、代替ルートを通らざるを得ない区間は、午前中に比べて多くはなかった。

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予定では、昼メシを食ってから3時間ほどでこの日のゴール地点にたどり着く。

さて。伊勢西街道は2日に分けて歩く計画で、1日目はスタート地点の関ケ原から、中間地点のやや手前にある伊勢治田駅までとしていた。中間地点のやや手前というのがポイントである。というのも、初日は自宅からスタート地点までの移動時間があるため歩き始めるのが少し遅くなるが、2日目は再開地点近くに宿泊できるためそこまでの移動時間が少なくて済む。つまり、1日目はやや短めを歩き、前泊の強みを活かせる2日目は1日目よりも長く歩くというのが、私のやり方なのだ。

そして両日ともに、17時までにメシを食う予定の町に移動する。たいていの店の夜の営業は17時からなので、その時間に狙って行けば店が空(す)いているうちにメシが食えるというわけだ。コロナ以後、僕はそうしている。

だが、朝から積雪のために本来の旧道を諦めて代替ルートを通ることが多かったので、タイムロスがそこそこあった。伊勢治田駅ちかくに来てもあいかわらず本来の旧道が↓のようになっていて、泣く泣く代替ルートを選ぶことに…。伊勢治田駅への到着は、予定の時間には間に合いそうもない。

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↓これも、下段の本来ルートが完全に雪に覆われているので、やや大回りの別ルートを歩くことに…。

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予定では伊勢治田駅を15時21分に出発する近鉄富田行き三岐線列車に乗るつもりだったが、それやこれやのタイムロスにより、伊勢治田駅に到着したのは電車が出発した4分後の、15時25分だった。

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駅では黒い猫ちゃんがお出迎えをしてくれた。

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駅で一休みしたあと、次の15時48分の近鉄富田行きに乗り、近鉄富田から近鉄四日市に乗り換えた。

次エントリー:伊勢西街道を歩いてきた。1日目番外:四日市とんてきへ続く。



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